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抗ウイルス薬の進歩 江頭先生2019年2月8日ブログへの反論(片桐教授)

| 投稿者: tut_staff

 2019年2月8日ブログ「インフルエンザの季節ですね(part 2)」の中に、

その割に「人類がインフルエンザを克服」したようには見えません。昔は風邪だと思っていた病状にインフルエンザが多く含まれていた、ということなのでしょうか。それとも目立たないけれど進歩と改善がつづいているのでしょうか。

との記述がありました。これでもかつて創薬の現場に居た者としてはこの記述を看過できません。この記述への片桐の反論です。

 インフルエンザに関して言えば、この数年で極めて迅速に診断できるようになりました。また、治療も1996年のタミフルをはじめ数種類の特効薬により、高熱の期間は1〜2日に短縮され、患者の肉体的負担を減らしています。たしかにこれをもって「克服した」とはいいがたいかもしれません。しかし、確実に「克服」に向かっていると言えます。

 1918年に流行したスペイン風邪(H1N1種A型インフルエンザ)は全世界で5千万人から1億人の死者を出しました。推定罹患者数5億人ですから死亡率は10〜20%です。日本でも2300万人が罹患し40万人の死者を出したと推定されています。死亡率は約2%です。毎年インフルエンザの流行する日本では,それでも基礎的な抵抗力により、死亡率は低めになります。

 一方で、2009年に流行した新型インフルエンザ(同じくH1N1亜種インフルエンザ)では、全世界で14,000人の死者が出ました。死亡率は2〜9%と見積られています。スペイン風邪に比べると、少し下がっているものの、やはり依然として高率でした。一方で、日本での受診者数は2043万人でしたが、国内の死亡者数はわずかに68名だったそうです。死亡率は0,0003%です。この低い死亡率は、日本のインフルエンザ対策の飛躍的な進歩を示すと私は思います。その一方で途上国ではまだまだ先進医療を受けられなかったのではないかと考えます。SDGs的に見れば、今後はこの対策を先進国の限られた者だけではなく、世界中でその恩恵を共有できるようにすることをめざさなければなりません。

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 私は1990年から1995年頃に創薬の現場におりました。直接研究にかかわってはいませんが、同じ部署でHIVプロテアーゼ阻害剤の研究をしていました。その当時開発されたタミフルはこれまでとは異なる作用機序を利用した抗ウイルス剤であり、驚愕すべきものでした。それまでの抗ウイルス剤は、何種類かの核酸類似物質の他は作用機序のよくわからないアマンタジンと効くかもしれない(and/or 効くこともある)インターフェロンくらいしかありませんでした。それを思いおこせば現在の進歩と状況は隔世の感です。

 一方で、このような医薬品開発の現場での困難さ、特に同僚のHIVプロテアーゼ開発における苦悩(=非天然アミノ酸の入手の困難さ)を見た経験は、私の現在の研究テーマのひとつである「含フッ素アミノ酸の共通中間体開発研究」のモチーフになっています(ブログ2014.10.27)。多種類の含フッ素アミノ酸を簡便に作られれば、医薬品の開発研究は飛躍的に加速できるはずです。そして、その仕事は有機合成化学者の使命であり、サステイナブルな社会発展への大きな貢献になると信じています。

 

 新薬の開発による人類への貢献は高く評価され、ノーベル賞などで顕彰されます。しかし、それを支える基礎的な手法や技術の開発も、また「人類の進歩と調和」に大きく貢献します。創薬を支えるのも化学の大きな仕事です。

片桐 利真

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