エーテルってなに?(江頭教授)
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今回の記事は昨日のコナン・ドイル著「毒ガス帯」に対する書評に対する追加説明です。「毒ガス帯」は人類滅亡をテーマとして1913年に書かれた小説です。ではなぜ人類が滅亡するのか、小説のなかでの設定について先の記事で私は「地球全体が今までと違う状態にある宇宙の領域に入り込もうとしている」と紹介しました。でも実は本書の内容紹介での説明は
ある日地球の軌道上に突如としてエーテルの毒ガス帯が発生し...
となっているのです。この説明はあまり適切ではない。そう思って書き換えたのですが、その理由を説明したいと思います。
まず、エーテルとは何でしょうか?いまこの質問をすれば十中八九、「含酸素有機化合物で...」という回答がくるのではないでしょうか。でも本書が1913年に書かれたことに注意してください。ここで「エーテル」と呼ばれているものは光の媒体となる存在として仮定されたものであって、有機化合物のエーテルの事ではないのです。当時、光が波動である、ということは確認されていたのですが波動がある以上はその媒体があるはずだ、と考えられていました。その媒体をエーテルと名付けたわけで普通の物質とは相当性質の異なるものであることは明かでした。
この意味でのエーテルは目にも見えませんし匂いもしない。凝縮させて液体にすることもできません。物質との相互作用を突き詰めてゆくと次第に物質的な特性が曖昧になり、やがてエーテルという実態を考えるより空間そのものの性質と考える方が適切だと理解され、この意味でのエーテルという概念は放棄されるに至ったのでした。
さて、この意味でのエーテルは宇宙に満ちていると考えられていたわけです。その性質が変化するということは、エーテルという存在を空間の性質そのものと理解している現在の見方からすれば、宇宙の性質が変わったという言い方が妥当でしょう。
その一方で、エーテルを有機化合物のエーテル、あるいはそれに準じる原子や分子から成り立つ物質であると考えてしまうと地球全体に影響を与えることは考えにくい。まず、宇宙空間に存在する物質の密度はきわめて小さいのが普通ですし、宇宙から来た分子は地球の大気をすり抜けることはできません。
要するに通常の物質を想定していては、なかなか「人類滅亡」という事態を設定することはできなかった、ということでもあるでしょう。
そもそも「毒ガス帯」というタイトルもあまり適切ではないかも知れません。「ガス」というとどうしても物質を想定してしまいます。じつは本書の原題は「The Poison Belt」であり「ガス」というニュアンスは邦訳でプラスされたものなのです。
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