少し真面目に食料安全保障を考えてみる(江頭教授)
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日本は食料を自給できていない国で海外から食料を輸入しています。「それではダメだ。食料の自給率を上げるべきだ。」という話もあるのですが、それは非常時に合わせて日常を制限することになって本末転倒ではないか。まるで「電車が止まったら困るから歩いて行けるところに就職しよう」という様な話だと思います。とはいえ、何かの理由で海外から食料が輸入できなくなったらどうするのか。これが今回のお題、「食料安全保障」の意味です。
農林水産省のホームページには「食料安全保障について」というページがあり、その中で「不測時の対応」として「緊急事態食料安全保障指針」という資料が公開されています。
なるほど、農水省も自給率アップを呼びかけるだけではなくて本当に危機的な状況になったときのことを考えているのか、というのが最初の印象です。食料の輸入が難しくなる状況に対応して、レベル0、レベル1、レベル2の三段階の対応を想定しているとのこと。レベル0は食料輸入に問題が生じる可能性が予見された場合。つまり、問題がありそうだから情報を集めようか、という段階です。レベル1は本当の危機が起こった場合。そして食糧不足で飢餓がおこる危険性がある場合がレベル2だ、といったところでしょうか。ちなみにレベル1までの「不測の事態」は過去に実例がある(米の凶作と米国による大豆の輸出制限)とのことですが、レベル2はさすがに「前代未聞」のようです。
レベル0はともかく、食料が輸入できない、という事態をレベル1とレベル2に区分して考えるのは非常に良いことだと思います。
レベル1の食糧危機というものは「欲しい食べ物の値段が上がってしまう、他のもので我慢しなくてはならない」という性質のお話で、食糧「危機」と言うよりは「食糧問題」程度ではないでしょか。その一方でレベル2の食糧危機は本当の「危機」です。別の言い方をすると、レベル1とレベル2の違いはレベル2は「人の生存」に関わる問題であるのに対し、レベル1は「人の好み」を満足させられるかどうかの問題だと言えると思います。さらに言い換えるとレベル1では市場メカニズムで対応できる範囲。レベル2は個人の主権の制限にまで踏み込むレベルということです。
食料安全保障を考えるとき、まず対策するべきなのはレベル2の食糧危機だと思います。飢餓が起こって餓死者がでるような事態はなんとしても避けたい、これは誰もが望むことであって、その対策のために或る程度の費用をかけるようにコンセンサスを得ることは可能だと思うのです。
その一方でレベル1の食糧問題についてはどの程度の対応を(政府が)行う必要があるのでしょうか。そのぐらい我慢できるよ、と考える人も多いでしょうし、企業の中にはこれをビジネスチャンスと見て新たな調達先を見つける、などの解決策を見つけるところもあるでしょう。
逆に、対策をレベル2への対応に限定すれば必要最小限のコストで済みます。全人口×必要カロリーを目標としてその分の食料を確保する。これが最低ライン。その一方でレベル1の対応を考え始めるとどんな対策を考えるのか、議論が百出するのではないでしょうか。
レベル1とレベル2(そしてレベル0も含めて)それぞれどのレベルの事態に備えて、常時どの程度の予算を配分するのか、「非常事態に合わせて日常を制限する」ことを最小限に抑えるためにはこのような議論が不可欠だと思います。
江頭 靖幸
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