「不都合な真実」と「プラスチック・クライシス」(江頭教授)
| 固定リンク 投稿者: tut_staff
今回の記事も前回と同様、日本版ニューズウィーク2019年11月26日号の特集「プラスチック・クライシス」を読んでの感想です。前回同様、このブログの内容は私(江頭)の個人的意見であり、学校法人片柳学園、東京工科大学、あるいはその一部(工学部、応用化学科)の組織としての意見をかならずしも反映するものではありません。
さて、今回注目したいのはプラスチックの問題点として指摘されている「プラスチック片が海中で有毒物質を吸着するリスク」とそれが食物連鎖と合わさったときの問題(注意深く読むと明言はされていませんが、おそらく有毒物質の生物濃縮の問題)についてです。
プラスチックを通じた有害物の生物濃縮という現象のコンセプトは私も理解できます。その重要性を考えて「詳細かつ長期的な研究が必要」だと私も思います。ただ、この記事を通じて(あるいは他の議論でも)この現象のリスクの大小を具体的に理解できるようなデータが全く無い、と私には見えるのです。このような現象が起こりうる、その理屈は分かるのですが、実際に危険なほどにその現象は起こっているのでしょうか。
ここで思い出すのは地球温暖化問題についての映画、アル ゴア氏の「不都合な真実」です。2006年の映画であり、今と違って批判的な意見もずっと多かった時代に地球温暖化の危険性を警告した作品です。世間にまだ受け入れられていない危険について警告する、という点では今回の記事とよく似ています。
「不都合な真実」でアル ゴア氏は大気中の二酸化炭素濃度の上昇についてのグラフから議論を始めました。地球全体で主要な温室効果ガスの一つである二酸化炭素の濃度が明らかに上昇しているという決定的な事実。これが全ての議論のスタートであり、揺るぎない土台だったのです。それに対して今回の記事、あるいは今話題になっているプラスチック論争もですが、この二酸化炭素の濃度のような議論の土台となるようなしっかりとしたデータに欠けていると感じます。
大気中の二酸化炭素の濃度が産業革命前から約30%増えている、そして二酸化炭素が赤外線を吸収していることは赤外分光光度計を利用する化学系の人間なら身にしみて知っていることです。太陽光によるエネルギーの供給が地球の環境を支配していることを考え合わせればその一要素が30%変化する事の深刻さはすっと腑に落ちるのです。
その一方で、「プラスチック・クライシス」には具体的な数値として「海洋に流出したマイクロプラスチック粒子の数」として「15兆~51兆個」という数字が書かれていました。この数値の推定に非常な労力がかかっていることは分かります。でもこの数字だけでは大きいか小さいか、判断できません。たとえば、海水の量は13億5,000万km3ですから同じデータを「2万6千トンから9万トンに一個」という言い方だってできてしまうのです。
プラスチックの環境影響について危機感を持っている人たちがいて、その影響の解明に努力している、それは有意義なことであり感謝すべきことだとも思います。しかし、その人たちの危機感が一般の人(私を含めて)に共有されるまでにはさらなる研究とデータの積み重ねが必要なのだろう。それが私の「プラスチック・クライシス」を読んでの感想です。
「書評」カテゴリの記事
- 書評 マルサス 「人口論」 (光文社古典新訳文庫)(江頭教授)(2019.01.23)
- 書評「マイケル・サンデルの白熱教室2018」(江頭教授)(2019.01.21)
- 書評 ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福」河出書房新社(片桐教授)(2019.01.08)
- 書評 高橋洋一著「未来年表 人口減少危機論のウソ」(江頭教授)(2019.01.04)
- 書評 堺屋太一著「平成三十年」その3 物価の安定は何をもたらしたか(江頭教授)(2018.12.28)