堺屋太一氏が描く「石炭産業の終焉」(江頭教授)
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堺屋太一氏は石油ショックを見事に予見した「油断」をはじめとした未来予測小説の名手でした。だから最近の脱石炭の機運を予測して石炭産業の終焉を予測した小説を…。
という訳ではありません。ここで終焉を迎えるのは「日本の」石炭産業。1950年代から始まった燃料の流体化の影響を受けて、日本でも国産の石炭から輸入された石油への燃料の転換がおこりました。それにともなって日本の石炭産業はほぼ消滅してしまったのでした。もちろん、小説ではなくいろいろな組織が発展したり消滅したりする、そのメカニズムを考察した書籍「組織の盛衰 」の一部なのです。
さて、今でこそ日本の化石燃料は石油、天然ガス、石炭が大体同じ程度。やや石油が多いという配分で全て海外からの輸入という状態です。でも戦前はもちろん石炭が中心。世界では太平洋戦争の前後に石炭から石油への転換がスタートしたのですが、戦後の日本では海外から石油を購入する外貨が不足していたため、国内での石炭生産を優遇した、という経緯があるのです。そのため戦後の石炭産業が大発展し、日本の社会で大きな存在感を示していました。
しかし、高度経済成長を経て外貨が豊富になると石炭から石油へのエネルギー革命の波が容赦なく日本に訪れたのでした。
「エネルギー源というものは、容易に転換できないが、一旦転換がはじまると急激に変化する」
堺屋氏の指摘の通りでしょう。エネルギー産業は基本的には BtoB で企業間の取引が中心となっています。どのエネルギーが有利か、安価か、というシビアな判断が行われますから、石炭と石油のコストがクロスすれば一気に変革が進みます。
さて、このお話を念頭に今の世界の石炭産業について考えてみましょう。石炭は単位発熱量当たりの二酸化炭素排出量が多いことで多くの環境NGOなどから批判を浴びています。でも肝心なのは石炭が有利か不利かというポイントではないでしょうか。石炭の利用を少なくすることが目標であれば政治的な活動をするよりも、石炭よりも魅力的なエネルギー源を開発する努力をするべきだと思います。石炭よりも、さらに他の化石資源よりも有利な(安価な)エネルギー源が開発されればエネルギー源の変換は政治的な圧力などとは比較にならない勢いで進むはずです。
そして、日本の石炭産業の消滅という事例からもう一つ教訓を学ぶとすれば、「エネルギー源の急激な転換」というべき事象であってもその変化には10年を単位とした時間がかかる、ということではないでしょうか。1人の人間の職業人としての寿命と比べると短い期間ではありますが、生活者としての私達が変化を感じるにはゆっくりとした速度だ、とも言えるでしょう。働いている人の職業人生には甚大な影響があることですが、普通にひとには対した感慨のない変化です。華々しい人類文明の革命であったとしても、世間的には地味な変化となると思います。
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