「酪酸」のにおい(江頭教授)
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「シーシェパード」という環境保護団体をご存じでしょうか。一部ではテロ組織だと呼ばれるほど過激な行動をとる団体として知られています。2012年、このシーシェパードが捕鯨に反対して日本の調査捕鯨船に薬物を入れた瓶を発射したという事件があったそうです。
人それぞれの主張があるのはわかるけど、薬物を投げ込むっていうのは穏やかじゃないなぁ…。えっ、薬物って「酪酸」なの!何て酷いことするんだ、テロリスト許すまじ!!
いや、別に酪酸が猛毒だという訳ではないのです。この物質、実はものすごく嫌な臭いがするのです。あんまり良い表現ではありませんが「クソみたいな」臭いと言うのでしょうか。あるいはギンナン、というかイチョウの実の臭いと言えば分かってもらえるでしょうか。
酪酸という物質、またを名はブタン酸と言います。比較的単純な脂肪酸で、ギ酸、酢酸、プロピオン酸ときてその次が酪酸(ブタン酸)となります。自然界にも広く存在している物質で、最初に分離されたのはバターからだといいます。ブタン酸の名前はこのバターのラテン語に由来するそうです。
ブタンという名前からブタン酸と命名されたのではなくて、ブタン酸からブタンという名前がついたのですね。昔、アルカンの名前をメタン、エタン、プロパン、ブタン...と覚えたものですがブタンは4という数字にちなんだ名前なのかと思っていました。まさかブタンの頭文字BはバターのBだったとは。
さて、この酪酸はどうしてそんなに嫌な臭いがするのでしょうか。分子の構造と人間の鼻にある嗅覚受容体という器官のマッチングの問題だ、となりますが、これでは単なる言い換えですね。
酪酸は自然界に多く存在していて、特に脂肪が消化分解される途中に生成される物質なのだそうです。ということは「クソみたいな」臭いというのは単なる比喩ではなくて、実際に「クソ」の中に酪酸が含まれているのでしょう。
では、なぜ人間は「クソ」の臭いを嫌な臭いだと感じるのか。確証はありませんが、おそらく排泄物を避けることが生物個体の生存に有利であり、進化の結果として排泄物の臭いを忌避する特性が獲得された。これが主観的には嫌な臭いと感じられるのだ、と考えると腑に落ちると思います。
さて、酪酸の悪口をさんざん書いてきました。でも、実はこの酪酸から合成されたエステルは良い香りで、香料として利用されているそうです。
江頭 靖幸
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