空気分子に邪魔されなかったら匂いの速度はどのくらいになるのか?(江頭教授)
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以前の記事「においは宇宙空間を伝わるか」で「空気がなければおならの音がするのと同時に匂うんだよ。」という考えを紹介しました。匂いの本質は分子。もし空気がなくて、他の分子に邪魔されなければ匂いの分子は熱速度で移動する。だから空気がなければ速度は非常に速いはずだ、ということです。
分子がランダムに運動していて、温度が高いほどその速度が速い。もっと言うと分子の平均運動エネルギーは温度に比例しています。3次元の運動の自由度は3なので一つの分子について平均 (3/2)kT の運動エネルギーを持つことになる(ここでkはボルツマン定数、Tは絶対温度です)。一方で分子の運動エネルギーは (1/2)mv2 なので( v が分子の速さ、m は分子の質量)両者を等しいとおくと
v = (3kT/m)0.5
となります。実際には分子の速度は均一ではないのでその分布を考えて平均速度を求めると
v = (8kT/πm)0.5
の様に。
さて、この式を使って20℃の条件で空気の成分分子の平均熱速度を求めてみましょう。分子の質量 m は分子量をアボガドロ数で割って求めます。
まず窒素が 471 m/s 、酸素は 440 m/s となります。これはそれぞれ時速 1700 km と1580 km に相当します。あるいはマッハ1.4と1.3。ものすごいスピードです。
マッハ○○というのは「音速の○○倍」という意味ですから、これが1に近いと言うことは熱速度は音速程度だということです。実はこれは偶然ではありません。気体中の音速と熱速度は比例することが知られています。
次におならの匂いの分子について。
おならの匂いの原因物質は色々ありますが、代表的な悪臭物質は硫黄の化合物でしょう。シンプルな硫化水素(H2S)は卵の腐ったような臭いと言われています。分子量 34 から求めた平均熱速度は 426 m/s 、マッハ 1.25 とかなり早い。軽い分子なので同じ熱エネルギーに対して速度が速くなるわけですね。
悪臭物質としてはメルカプタンも有名です。メルカプタンはアルコールの酸素が硫黄に置き換わった分子のことで、今はチオールと言うべきでしょうか。図のメチルメルカプタンもメタンチオールですね。無臭の天然ガスに匂いをつけてガス漏れを分かりやすくするために用いられているとか。「タマネギの腐ったような」匂いだそうですが私は幸いにも嗅いだ記憶はありません。
メチルメルカプタン、いやメタンチオールの熱速度は20℃で 359 m/s です。マッハ 1.06 でほぼ音速で飛んできます。
結局、もし空気分子に邪魔されなかったら匂いの速度はほぼ音速程度、ようするにマッハで匂うわけですね。もちろん、実際には匂いの分子は空気分子との衝突によって直進できません。だからおならは音がしてから匂うのです。(いや、音のしないほうが…止めておきましょう。)
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