冷房の成績係数(COP)とカルノー効率の話(江頭教授)
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先日の記事(「COP」と言えば、何でしょう?)では冷房機器など、ヒートポンプを応用した製品についての Coefficient of performance つまり「成績係数」について紹介しました。COPとはヒートポンプに供給した電力に対して、どの程度の熱が輸送されるのか、という比率のことでした。
ヒートポンプは熱を仕事に変換する装置、要するに熱機関の逆課程を行うプロセスです。熱機関の理想効率はカルノー効率と呼ばれますが、これは可逆な熱機関の効率でもあります。熱機関の逆のプロセスであるヒートポンプも、理想的な状態なら可逆であるはず。可逆な熱機関と可逆なヒートポンプは実は入れ替わり可能なものですからヒートポンプの理想効率もまた、カルノー効率で表すことができるはずです。
例えば冷房用のヒートポンプ、すなわちクーラーの熱効率について考えてみましょう。温度 Ti の室内から Qi の熱を吸い出すヒートポンプ(要するにクーラー)があったとします。このヒートポンプに供給される仕事(電力)を W とすると COP は Qi/W のことです。室外の温度が温度 To だとすると、夏場なので外の方が暑いですから Ti < To となりますね。
室外に放出される熱を Qo としましょう。 Qi と Qo は等しい?いえいえ、外から仕事 W が供給されていることを思い出してください。クーラーは室内機と室外機に分かれているので混乱しがちですが、両者を一体と考えてみましょう。クーラー全体に入っている熱は Qi 、出て行く熱は Qo でした。両者の差が仕事 W になります。これはエネルギー保存の法則から当然の結果です。要するに
W = Qo - Qi
となります。
カルノー効率の導出を思い出してください。可逆であることからエントロピーが保存しますのから、Qi / Ti = Qo / To が成立します。この関係と先の W の式、そして COP の定義式を使って
COP = Ti / (To - Ti)
という関係を導くことができます。カルノー効率では温度差が分子に来ていますがCOPでは逆になっています。またヒートポンプなので低熱源の温度( Ti )が基準となっていますが、基本的には同じ関係を表すのもです。
さて、この理想のクーラーの性能、すなわちCOPはどの程度になるのでしょうか?
Ti はいくらに設定しましょうか? 28℃。うーん、もう一声で27℃でどうでしょうか。外気温 To はどうでしょう。30℃では最近の夏では涼しすぎかも知れませんから、思い切って 35℃ でどうでしょう。27℃と35℃、絶対温度で表せばそれぞれ 300K と 308K。温度差は 8K となります。
COP = 300 K / 8 K = 37.5
と求めることができました。
先日の記事(「COP」と言えば、何でしょう?)に示したデータではCOPが3とか3.5とかでした。10年前のデータと言え小さすぎる?
それはそうかも知れませんが、COPの向上による省エネ効果はCOPが小さいときほど大きかったと思います。COPが1から2になれば消費電力の半分はゼロになります。残りの半分をゼロにすることはCOPを無限大にすることを意味していますが、それは上記の議論から熱力学的に不可能ですよね。
COPが3の状態をスタートだとすれば、削減可能なエネルギーは92%。これは熱力学的な限界であって「越えられない壁」というものです。でも逆に言えば92%までは削減可能なのですから努力してみる価値はある、ということになります。
熱力学はこのように「省エネ技術の目標の設定」に役立つ、という意味でサステイナブル工学に必須の学問だ、と言えるでしょう。
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