ベイルートの爆発事故(江頭教授)
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今年(2020年)の8月4日、レバノンのベイルートの港の倉庫に貯蔵されていた硝酸アンモニウムが爆発し大きな被害を出した、というニュースは多くの皆さんがご存じのことかと思います。
実は硝酸アンモニウムの爆発事故は今回が初めてではありません。2015年8月にも中国の天津でも大規模な爆発事故が起こりました。そのとき、このブログで「化学薬品と爆発」と題して、硝酸ナトリウムが爆発するという事実が発見された最初の爆発事故、1921年 のオッパウ大爆発について紹介しました。ハーバーボッシュ法で作られた大量の硝酸アンモニウムが野積みされていたオッパウの工場では、雨の影響で固化してしまった硝酸アンモニウムをダイナマイトで粉砕する、という現在では考えられないような危険な作業が行われていました。
「硝酸アンモニウムをダイナマイトで粉砕する」作業は後知恵では無謀と言えます。でもハーバーボッシュ法の開発が1906年。人間が数千トン規模の硝酸アンモニウムを扱うようになったのはその後のことです。1921年当時、「大量の硝酸アンモニウム」は未知の対象だった、と言えるでしょう。
と書いたように1921年当時は硝酸アンモニウムが爆発することは知られていなかったのです。
普段は安定な硝酸アンモニウムが時として爆発を起こす、という知識はやがて硝酸アンモニウムをベースとした取り扱いやすい爆薬、ANFO爆薬の開発へとつながりました。以下の動画は私が研究に際して使ったANFO爆薬の爆発の映像ですが、ここで爆発しているANFO爆薬の袋を私達自身で担いで運んだりしたものです。
硝酸アンモニウムの爆発では窒素酸化物が生成し、爆煙が茶色になるといいます。オーストラリア現地の土壌の色も茶色なので目立たなかったのですが、この爆発でも茶色の爆煙が観察されます。
さて、1921年のドイツ、オッパウでの爆発は「未知の対象」が原因の事故でした。これは避けようのないものであり、またこの事故の結果、硝酸アンモニウムを安全に管理する方法を確立する道筋をつけることができました。
その一方で2015年の天津の事故は本来避けられる事故であったように思われますし、この事故の教訓が人類の安全に関する知識に資する所も無かったのでしょう。残念ながら2020年に同じような事故が繰り返される事となってしまいました。
今回のベイルートでの爆発事故も一見、避けられる事故の様に見えます。しかし、この爆発事故にも我々の知らない未知の現象が関与していた可能性はあります。その有無を明らかにして今後の安全対策に活かせるかどうか。それは今後の徹底した原因解明にかかっていると言えるでしょう。
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