「多くの視点を持つことの重要性について」(片桐教授)
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先日。以下のような問い合わせのメールをいただきました。
片桐先生
◎◎です。来春より、工学研究科に進学します。工学研究科の選択科目についてですが、来年度以降、開講科目が増える可能性がある、という話を耳にしました。これは本当でしょうか。
私はπ型よりも、専門を深く追求するI型人材になりたいので、○○学科の先生の授業を重点的に履修したいと考えています。出身学科の専門科目が増えれば、自身の興味・関心に合わせて履修計画を立てられ、選択肢が広がると思うのですが…
運営に差し障りのない範囲でお答えいただければ幸いです。
以下はそれに対する私からの返信です。
◎◎様
片桐です。来年度は、新しくサステイナブル工学概論という主に助教の先生方によるオムニバス講義の開講を予定しています。若い先生の講義を聴講するチャンスを供与したいと考えています。
さて、
「私はπ型よりも、専門を深く追求するI型人材になりたいので、○○学科の先生の授業を重点的に履修したいと考えています。」
については,少し考え直しされることをおすすめします。私自身は大学-大学院-ポスドクの8年の間、同じテーマの研究に従事しました。それにより、おそらくあなたの言われるI型人間になりました。
しかし、29歳で会社員になった時に、自分の分野周辺の基礎知識の狭さに愕然としました。会社員になったとたん、係長相当の研究員になり、1つの新規テーマをまかされたのですが、そのとき、もう少し類縁分野の広範な学びを深くしておくことの必要性を感じました。特に「化学機械学」の知識に乏しいため、自分の新しく開発した反応のプラント化に着手できなかったという痛い思い出があります。
幸いに、私は大学の教養部で必要単位数の3倍近い単位を取得し、また、自分の専門(化学)外の専門科目も多数とりました。(卒業時の単位数はたしか250単位越えでした。)
心理学や法学、日本国憲法等の視点は今の安全工学の単位に生きています。特に心理学は1年生の時にその講義担当の文学部の先生の研究室に入り浸っていました。 生物学系の古生物学や類人猿学はあまり役に立ちませんでしたが、教科教育法、教育心理学は講義を行なう際の、自信の源になっています。 大学のシステム的に化学にしぼったのは3年生になってからでした。でも、それまでに得た多くの視点のおかげで、化学系の大学教員として生き残れています。時代に乗り遅れない多様な視点はこの時期に獲得できましたが、このチャンスが無ければ、会社員何年目かでつぶれていたのではないかと恐ろしく思います。
一方で、この視点のおかげで5年間の会社員の時代に、40報以上の特許を出願しました。特に創薬において、10年・数万の化合物で1つ前臨床にのせることができれば上等と言われる中、3年・数十の化合物で前臨床に乗せたことは、私の自慢です。これは「世界の最先端の知識は3年で獲得できる」その上で「薬学部出の方とはまったく異なる視点」であったことが良い方へ働いたと思います。
工科大の学生さんも社会に出てから上級技術者として活躍するために、若いうちにできるだけ多くの「視点」に接することが必要であろうと考えています。その達成のために、現在の本研究科の様なカリキュラムを設定しています。
世界の科学技術の進歩は激しく、その知の世界の最前線を広げる力(視点)を既存の学問領域のものだけに限定してしまうと、すぐに時代遅れになってしまいます。私のこれまでの経験では、知識や情報は3年間必死で学べば世界の最前線に到達できます。そして、新しい視点の獲得は30〜35歳までにしか獲得できません。
うちの大学院の卒業生には、65歳の定年期まで、あるいはそれ以降でも世界の知の最前線を広げる脳力を獲得していただきたいと考えています。是非、π型ではなく、たこ足型視点を持つ人材になって下さい。それは30、40台前半までは時間の無駄遣いの様に思われるかもしれませんが、それ以降にじわじわと効いてきます。
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