世界の食糧問題(江頭教授)
| 固定リンク 投稿者: tut_staff
今回は世界の食糧事情について。元ネタはWFPの「The State of Food Security and Nutrition in the World (SOFI) Report 2020(世界の食料安全保障と栄養の現状)」というレポートでこちらからダウンロードが可能です。
このレポートの詳細に入る前に、まず大筋を抑えておきましょう。2000年代に入ってからSDGsの前身にあたるMDGsが国連の目標として掲げられたとき、その一つは「飢餓に苦しむ人口比率を半減すること」でした。2015年にMDGsの期間が終了したとき、その目標を達成することはできませんでしたが、飢餓に苦しむ人の人数もその割合もずっと減少を続けていたのです。国連の努力、というよりはベルリンの壁崩壊に象徴される東西冷戦の終結とグローバル経済の進展がもたらした成果なのでしょう。さて、MDGsを引き継いだかたちでスタートしたSDGsが始まって5年間はどのように推移したのでしょうか。
WFPのレポートの最初の図(下図)にその答えが端的に示されています。なんと栄養不良の人口は増え始めているのです。
国際的な統計がまとまるには時間がかかるので図中実際の集計値は2018年まで。2019年と2030年(2020年ではありません)のプロットは予測値です。(なお、この予測にはコロナウイルス感染症の影響は反映されていないそうです。) 2030年の予測値を除くと栄養不良の人口は増えているものの比率ではさほど増えていない様にもみえます。それでも2010年ごろまでの順調な改善の傾向に歯止めがかかっていることは明かです。
これは一体どうしたことなのでしょうか。
まずハッキリさせておきたいのはこれが「地球の限界」ではないということです。2010年ごろに地球上の開発可能な土地を全て耕地に変えて最高の農業技術で食料生産を行っている状態に達したにもかかわらず、それでも食料が足りなくて飢えている人がいる、という状況ではないのです。単純に考えても日本では慢性的な米あまりの状態であるにもかかわらず食料自給率は低く、加えて耕作放棄地が問題になっている状況です。世界的な食料不足が起こっているのではなくて、食料不足の地域が世界中にある、というのが実情なのでしょう。
さて、このような状況を前にして科学、あるいは工学には何ができるのでしょうか。できることは何もない、というつもりはありませんが、これが単純な工学上の問題でないことは明らかでしょう。よくある話ですがこれも「科学なしでも科学だけでも解決できない問題」というものの一つ、それも特大級の一つであると言えると思います。
「解説」カテゴリの記事
- 災害発生時の通信手段について(片桐教授)(2019.03.15)
- 湿度3%の世界(江頭教授)(2019.03.08)
- 歯ブラシ以前の歯磨き(江頭教授)(2019.03.01)
- 環境科学の憂鬱(江頭教授)(2019.02.26)
- 購買力平価のはなし(江頭教授)(2019.02.19)