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小説「タイムマシン」(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 先週は1959年製作ジョージ・パル監督の映画「タイムマシン」について紹介したのですが、今回はその原作(の翻訳)であるH.G.ウェルズの「タイムマシン」について紹介しましょう。古い作品で、有名な作品でもある本作はいくつかの翻訳版がある様ですが今回私が読んだのは阿部知二氏による翻訳で東京創元社の「ウェルズSF傑作集」の第1巻に所蔵のもの。その電子書籍版です。

 さて、大枠のストーリーは先に紹介した映画版と同じ。

1899年の大みそかのロンドン、タイムマシンを発明した主人公が80万年未来の世界での冒険を友人たちに語る、というのが物語の筋立て。主人公は未来世界で理想郷のような暮らしを送っている人類の子孫、イーロイ人と出会います。しかし未来世界の地下には人類のもう一つの子孫であるモーロック人が住んでいる。両種族の関係には身の毛もよだつような秘密が...、という展開です。

ただ映画と小説ではいくつか興味深い相違点があります。

 まず映画では主人公は80万年後の世界での冒険のあと、すぐに現在(映画で描かれる現在なので1899年です)に戻るのですが、小説版ではそれより遙か先の未来にも旅をして地球の文明、いえ、地球の生命の終焉まで見届ける、という展開があるのです。めぼしい冒険も活劇もないのですが地球の最期という非常に思索的なモチーフでSF的な感動をうける部分でした。

 そしてもう一点。地上の楽園で暮らすイーロイ人と地下に暮らすモーロック人、この二つの人類の子孫の由来が映画と小説では全く異なっていました。(以下には小説「タイムマシン」にネタバレを含みます。)

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 小説版ではイーロイ人は資本家階級の子孫であり、モーロック人は労働者階級の子孫である、とはっきりと書かれています。この小説版が書かれたのは1895年。それを考えれば映画版で人類の分裂の原因となった核戦争という要因が小説版には全く登場しないのは当然のことです。米ソ対立どころかロシア革命以前で、ソ連すらない時代です。でも階級闘争という概念はあった。そこから発想して資本家と労働者の分断がすすんでついに異なる種に進化する、という展開が思いつかれたのだと思います。

 この小説が映画化された1959年には人類の分断といえば東と西だったのでしょう。しかし小説が書かれた1895年には貧富の差こそが人類の分断だった。さて、2021年の我々から見るとどちらが「リアル」に感じられるのでしょうか。

江頭 靖幸

 

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