2020年の地球の炭素収支(江頭教授)
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2020年には新型コロナウイルス感染症によって世界経済は大きな痛手を受けました。でも、これも悪いことばかりではないはずだ。例えば経済活動が低迷した代わりに温暖化問題にブレーキがかかるのでは。そんなことを考えた人も多いのではないでしょうか。このブログでも先日のこちらの記事で世界のエネルギー起源のCO2排出量の動向について、IEA(国際エネルギー機関)のデータを紹介しました。今回はこの排出量の減少がどのように地球の炭素収支に影響を与えたか、についての研究を紹介しましょう。”Global Carbon Budget 2020"(1)というタイトルの論文で2020年11月に公開されたもの。2020年の途中までのデータを対象としているため推測を含む内容となります。
さて、人間活動によって大気中の放出されるCO2(とCH4)のうち最大のものはもちろん化石燃料に由来のものです。これと「土地利用変更」つまり森林破壊等に由来する発生が主な項目となります。そして放出されたCO2の一部は海に、別の一部は陸地の植生に吸収され、残った部分が大気中に蓄積することになります。温暖化に直接関係するのは大気中の温室効果ガスの濃度です。
まず2020年の世界のエネルギー起源のCO2排出量について、この論文では産業分野別の経済データや交通量データ、発電量データなどをベースとしたいくつかの推計を比較して平均で7%の減少となると予測しています。IEAの推計では5.8%の減少となっていたのでやや大きめの推定となっています。また土地利用変化のCO2排出にはコロナウイスル感染症の影響は見られず、2010年から2019年の平均値と同程度でした。ただし2019年はインドネシアでの乾燥と森林火災の影響が大きかったので2020年は2019年よりは少ない発生量となっているそうです。
さて、肝心の大気中に蓄積する炭素(大部分はCO2です)は減っているのでしょうか。8月までの観測データから予測される2020年の大気中の炭素量の増加は 5.3 GtC/y でした。これはCO2濃度に換算すると2.5ppmの増加となります。
2019年のCO2濃度の増加は 5.4 ± 0.2 GtC/y で 2.54 ± 0.08 ppm でした。2020年は2019年に比べて減っている...のは確かなのですが、正直誤差の範囲のように思えます。化石燃料の使用の7%変化がそのまま大気中に蓄積される炭素の増加速度の変化に反映したとして、海への吸収、植生の吸収、大気への蓄積の全てに同じように影響すると仮定しても5.0GtC/y 程度には減ると考えられるのですが...。
実は2018年以前の大気中の炭素量のデータを見てゆくと順に5.09(2018)、4.58(2017)、6.07(2016)、6.28(2015)、4.22(2014)などとなっており比較的変動の大きなデータであることが分かります。これは大気中のCO2濃度をベースに計算された「変化の変化」に対応する値ですから、変動が大きく出るのも仕方のないところでしょう。こうしてみると化石燃料の7%の消費削減の温室効果ガスの大気中濃度への影響はやはり「誤差の範囲」なのですね。
ということで、結局のところ新型コロナウイルスのパンデミックは温暖化問題に対してほとんど影響していないと言って良いのだと思います。
引用文献:
(1)Friedlingstein, P., O'Sullivan, M., Jones, M. W., Andrew, R. M., Hauck, J., Olsen, A., Peters, G. P., Peters, W., Pongratz, J., Sitch, S., Le Quéré, C., Canadell, J. G., Ciais, P., Jackson, R. B., Alin, S., Aragão, L. E. O. C., Arneth, A., Arora, V., Bates, N. R., Becker, M., Benoit-Cattin, A., Bittig, H. C., Bopp, L., Bultan, S., Chandra, N., Chevallier, F., Chini, L. P., Evans, W., Florentie, L., Forster, P. M., Gasser, T., Gehlen, M., Gilfillan, D., Gkritzalis, T., Gregor, L., Gruber, N., Harris, I., Hartung, K., Haverd, V., Houghton, R. A., Ilyina, T., Jain, A. K., Joetzjer, E., Kadono, K., Kato, E., Kitidis, V., Korsbakken, J. I., Landschützer, P., Lefèvre, N., Lenton, A., Lienert, S., Liu, Z., Lombardozzi, D., Marland, G., Metzl, N., Munro, D. R., Nabel, J. E. M. S., Nakaoka, S.-I., Niwa, Y., O'Brien, K., Ono, T., Palmer, P. I., Pierrot, D., Poulter, B., Resplandy, L., Robertson, E., Rödenbeck, C., Schwinger, J., Séférian, R., Skjelvan, I., Smith, A. J. P., Sutton, A. J., Tanhua, T., Tans, P. P., Tian, H., Tilbrook, B., van der Werf, G., Vuichard, N., Walker, A. P., Wanninkhof, R., Watson, A. J., Willis, D., Wiltshire, A. J., Yuan, W., Yue, X., and Zaehle, S.: Global Carbon Budget 2020, Earth Syst. Sci. Data, 12, 3269–3340, https://doi.org/10.5194/essd-12-3269-2020, 2020.
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