デマを拡散しないように- 27 ワクチンを躊躇する心-2:反知性主義と確証バイアス。そしてサイエンス・コミュニケーターに求められるもの(片桐教授)
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このブログの内容を不用意に拡散しないように。必要なら必ず裏をとり、引用文献などを読んで自分で確認し、理解し、検証してから、自分の言葉として発信しましょう。他人のことばをそのまま鵜呑みにするのは極めて危険な行為です。
2021年10月号の「文藝春秋」に「読んではいけない「反ワクチン本」」という記事がありました。大阪大学の忽那教授の署名記事です。そこでは7冊の「反ワクチン」本とその内容に対する批判的な意見を掲載していました。興味がある方は、ぜひ購入してお読みください。このような反ワクチン勢力による『デマ(?)』の拡散は行政のワクチン接種推進の妨げになっています。
先のブログ「デマを拡散しないように、ワクチンを躊躇する心25 2021.5.10」でスロビックの11因子、カーネマンのプロスペクト理論という人間心理の側面から、ワクチンを躊躇する心を記述してみました。今回は、それに加え、反知性主義(反権威主義)から、ワクチンを忌避する心理を考えてみます。このブログの内容は来年の安全工学の講義に反映させる予定です。もし私の認識に何か間違いがあれば、是非ご指摘ください。
国立精神・神経医療センターの調査(https://www.ncnp.go.jp/topics/2021/20210625p.html)によると、『一人暮らし』『所得水準の比較的低い人(100万円未満)』『中学卒業および短大・専門学校卒業を最終学歴とする人』『政府ないしコロナ政策への不信感がある方』『重度の気分の落ち込みがある人』でワクチン忌避者の割合が高かったとのことです。
ここからは片桐の個人的な仮説と意見です。
ではなぜ、そのような「社会的に恵まれていない方々」「抑圧されている方々」でワクチン忌避が発生するのでしょうか。
2016年のアメリカ大統領選挙ではクリントン女史を抑えてトランプ大統領が誕生しました。このとき、トランプ大統領の支持者もまた、中産階級から下、学歴や所得があまり高くない人たちでした。(https://www3.nhk.or.jp/news/special/2016-presidential-election/republic5.html)
現在の生活に不満を持つ彼らはアメリカ第一主義を掲げるトランプ氏を支持し、彼を大統領におしあげました。
そして2020年の大統領選挙の時に、トランプ氏はワクチン問題に関して、興味深い発言をしています。“He (Biden) will listen to the scientists.” “He (Biden) will listen to Dr. Fauch.” と発言しています。Fauch氏は国立アレルギー・感染症研究所所長で、アメリカの感染症対策の専門家です。その意見を聞くことを「問題である」とする姿勢が支持されていたわけです。
それに対してバイでン氏はツイッターで“For once, Donald Trump is correct: I will listen to scientists.”と返しています(https://twitter.com/JoeBiden/status/1318357515680116737)。専門家を「敵」と見做し支持者の心をつかんだトランプ氏と、専門家を「味方」としたバイデン氏の争いの結果は、ご存知のようにバイデン氏の勝利におわりました。
ご存知のようにトランプ大統領はマスクを拒否し、“コロナはただの風邪”という態度を取り、2020年のアメリカでの感染拡大を招き、自らも10月に感染しました。人口比でのアメリカの感染率は日本の10倍以上です。
先のトランプ氏の発言は、彼の支持者の「感染症専門家」を軽視する姿勢、あるいは学術権威に対する反感・反発を表しています。このような専門家を軽視する姿勢を批難する人はトランプ氏の行動原理を「反知性主義」と呼び、賛同する人は「反権威主義」と呼ぶようです。
反ワクチンを主張する方々もまた、そのような「反知性主義」あるいは「反権威主義」なのではないでしょうか。
反ワクチンを主張する人の主張には類似性をみつけられます。厚生労働省や山中教授のブログなどの内容を引用せずに、SNS上の噂や反ワクチンを主張する一部のお医者様のコメントを、『市民の生活感覚に沿う主張』と高く評価し、採用しています。まさに権威を否定する姿勢です。このような反ワクチン主義者の論拠を支えているのは、反知性主義(反権威主義)と確証バイアスとだと思われます。
確証バイアスとは、自分の主張に沿う情報のみを採用し、それに反する情報を無視する心理バイアスです。
我々、科学技術者は、知らず知らずに「権威」とみなされ、反発を受けているかもしれません。周りをそのような反知性主義に陥らせないようにするためには、科学技術の丁寧な説明を心がけなければなりません。
文芸春秋の記事は、それらの反ワクチン本に書かれている間違った内容を一つ一つ丁寧に潰しています。しかし、それだけではくすぶっている反ワクチンの火を消し止められないと思います。ワクチン忌避者の説得は、「理」だけでなく、権威に対する不信感を払拭する「情」の対応も必要です。
科学技術を正しく伝えるサイエンス・コミュニケーターはこれからますます社会の中で重要な役割を果たしていくでしょう。そしてサイエンス・コミュニケーターには「正確にわかり易く」科学技術を伝えるだけではなく、権威者ではない立場から「市民感情」に沿って科学技術を説明することが求められるでしょう。
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