« 「安全工学」の講義番外編 ボンベのおもいで(片桐教授) | トップページ | LPG(液化石油ガス)の代わりにLNG(液化天然ガス)が使えるか(江頭教授) »

「SFパニックドラマの超有能なイケメン官僚に転生してしまった件」じゃなくて「日本沈没 希望の人」の感想(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 「日本沈没」は小松左京氏のSF小説で1973年に刊行後すぐに大ヒット。同年に映画化されてこれもヒットし、引き続き翌年にはTVドラマ版も放送されました。私より上の世代には耳慣れたタイトルなので、これが新たに映像化、TVドラマになると聞かされてはどうしても見てしまいます。小松左京を今リバイバルさせるなら「復活の日」じゃないか、とも思いますが、あれはいくら何でも生々しすぎて無理ということなのでしょうか。

 ということで、全9話見て思うこと。この「日本沈没 希望の人」の「日本」、いくら何でも現実の日本と違いすぎです。現実の日本の人口一億二千万人の一万分の一くらい、きっと一万二千人くらいの人口で、面積も本当の日本の一万分の一くらいにしか見えません。(いや、作中で「二千万人の移民受け入れが決まった、あと一億人だ」というセリフがありました。きっと人間については一人を一万人と数える特殊な風習のある異世界なのでしょう。)たまたま現実世界の日本と同じような形をした島国ですが、あれも偶然の一致にちがいない。

 人数の規模感についてもさることながら、このドラマでは物理現象としての「日本沈没」と、それを予測する「科学」のあり方が現実の私達の世界と根本的に異なっています。現実世界の科学は「分からない」という前提からスタートして現実と格闘しながら利用可能な仮説を組み立ててゆくものです。繰り返しの多い現象なら比較的容易に予測が可能になりますが、希に起こる現象の予測は困難を極めます。日本の沈没というような現象(たとえそれが一万分の一の面積でも)は作中でも前代未聞の現象とされているのですから、現実の科学であるなら正確な予測などできるはずもありません。

 これを確信を持って予言する人間は精神に変調をきたしている可能性が高い。でもこの世界ではその予言が本当のことになってしまうのです。変調をきたしているのは世界の方か。と言うか、この物語世界は我々の世界とは異なった物理法則によって支配されているのでしょう。

Photo_20211212084801

「日本沈没」のサイトのトップページなのに人の顔の写真ばかり。爆発する富士山もくずおれた東京タワーもない。これだけで今回のドラマの作り手の姿勢が分かるというものです。

 さて、この世界はどのように成り立っているのでしょうか。

 我々が理解している物理法則という概念を超越した存在、つまり神のような存在が世界の事象と意図と計画をもって司っていて、田所博士をはじめとする科学者たちはその計画の一端の情報を神から受け取っているのでしょう。「日本沈没」を的中させることができる田所博士は神の恩寵を特別に受けた者。博士とか地質学者という用語に惑わされはいけません。私達の世界でいうなら彼は神官や預言者と言われるべき存在なのだと考えればあの立ち居振る舞いも納得できます。(いや、そうでも考えないと納得できません。)

 では、この神の正体は何者か。ヒントはシリーズ初期にあった、私達の世界との大きな相違点にあると思います。

 深海潜水艇で海底の「スロースリップ」の痕跡を観測するという下り(海のひび割れです。これはおそらく大規模な「亀卜(きぼく)」に類する占いの儀式だと思われます)で、国土交通省の司祭、じゃなくて官僚が偽装映像に差し替えてしまうのです。現実の我々の世界では一般の人間、たとえ高級官僚でもあの様に精巧な偽装映像を作成する映像編集能力はありません。しかしこの世界では「官僚、つまりエリートは高度な映像編集能力を身につけている」という特徴がある様です。この世界を創った神が自らに似せてつくった人間という存在には、高い映像編集能力が受け継がれている。ということは、そう、この番組を作成したテレビマンたちこそがこの世界の神の正体なのです。(そんなバカな。いや、クリエーターは神だ、という意味では正しいのですが…。)

 別にドラマなので現実世界を完全にトレースする必要はありませんが、こんな特殊な設定をするならあらかじめそういう設定だと言っておいて欲しいですね。多分、このドラマの脚本の初期タイトルは「SFパニックドラマの超有能なイケメン官僚に転生してしまった件」という異世界転生もので、この非常に特殊な自然観、科学観こそ「こんな事いいな、できたら良いな」と言いたかったのでしょう。でも、上層部に「設定言うな!」と叱られたのですかね。

 まあ、私の感想は「日本沈没」でこれをやらないで欲しい、です。だって見ちゃったじゃないですか。こう思っている人、私の他に世帯視聴率の10%分くらいはいると思いますよ。

江頭 靖幸

 

« 「安全工学」の講義番外編 ボンベのおもいで(片桐教授) | トップページ | LPG(液化石油ガス)の代わりにLNG(液化天然ガス)が使えるか(江頭教授) »

書評」カテゴリの記事