吸光係数とランベルト・ベール(Lambert-Beer)の法則(江頭教授)
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本学応用化学科の一年生の学生実験では光吸収の実験も含まれています。このなかで学生さんたちは以下のブリリアントブルーという分子のモル光吸収係数をデータから算出してレポートに記述することになっています。今回、提出されたレポートをみて思ったことを書いておきましょう。
まずモル吸光係数とはなにか。実験テキストではまずランベルト・ベール(Lambert-Beer)の法則の説明から始めて、透過率の対数にマイナスを付けたものが吸光度であること。吸光度は吸光分析器で光が通る長さ(光路長)と対象分子のモル濃度に比例していて、その比例定数をモル吸光係数とよぶ、と説明しています。
この説明はモル光吸収係数を計算する立場(学生さんの立場ですね)から分かり易い様に書かれているわけですが、逆になぜこの計算でモル光吸収係数という分子に固有の物性値が算出されるのか、という疑問もあるのではないでしょうか。もっと具体的に言うと、いろいろな吸光光度計でいろいろな濃度のブリリアントブルー水溶液の光の透過率を測ったとしても、どんな場合でも「透過率の対数にマイナスをつけて光路長とモル濃度で割れば」一定の値になる、それは何故か?ということですね。
まず吸光分析の装置の中で、光の粒(光子)がブリリアントブルーの溶液内を突き抜けるところを想像してみましょう。このとき光子がブリリアントブルーの分子と衝突する確率はどれくらいか。一番簡単に考えて、ブリリアントブルーの分子同士は相互作用はせずに一定の確率で光子を吸収する、と考えてみましょう。
これなら分子の個数(濃度)が増えるほど衝突確率は大きくなるはずです。この場合、光の吸収率(1-透過率)が分子の個数に比例していて、その比例係数が吸光係数、で納得できるような気がします。
でも実際にはランベルト・ベール(Lambert-Beer)の法則があって「透過率の対数にマイナスをつける」ことになっています。この違いは何が原因なのでしょうか。
まず、先に述べた「光の吸収率が濃度に比例する」という考え方の問題点を明らかにしましょう。たしかに濃度が低いうちはその濃度に比例して吸収率は増えてゆきますが、濃度が高くなるといつかは吸収率が1を越える事になってしまう。これはいくら何でもおかしいですね。
実は、この「吸収率」ですが、吸光分析の装置ではブリリアントブルー水溶液に光が入ったところでの光強度が分母となっています。濃度の低い水溶液なら水溶液の中でほとんど同じ光の強度となりますが、濃度が高い場合は光の入口付近は強い光、出口付近は弱い光になっています。出口付近では光の強度が小さい(光子の数が少ない)のですから吸収される光子の数も減る。見かけ上の吸収率が下がってしまうのです。
ランベルト・ベール(Lambert-Beer)の法則はこの現象を補正するものです。実はこの様な「見かけの吸収率が下がる」現象はたくさんあり、それらは「一次過程」のなどと呼ばれています。
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