« 雪の八王子キャンパス(江頭教授) | トップページ | コーオプ演習1 最終発表会予選(江頭教授) »

「ファクター」って何(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 「ファクター」という言葉は日本語になっていると言って良いのでしょうか。私としては、少し難しい「横文字」という程度には広く知られている言葉ではないかと思います。最近(?)話題になった山中伸弥教授による「日本で新型コロナウイルスのまん延を防いでいる要因をファクターXと呼ぼう」という提案でも特に説明無しに「ファクター」という言葉が使われています。

 山中教授のファクターXにある「ファクター」ですが、日本語にすれば「要因・要素」といった意味です。ファクターXは日本語にすれば「未知の要因」といったところですが、これだと一つの言葉として認識されにくいのかも知れません。

 話変わって今回は生物学ではなくて化学における「ファクター」の話をしたいと思います。具体的には滴定の実験の際に用いられるファクターのお話し。

 まず、滴定では濃度が未知の溶液Aを一定の量とり、それと正確な濃度のわかっている溶液Bを反応させ、ちょうど反応が終了した時点での溶液Bの体積を求めます。それぞれの溶液に含まれていた物質A、Bの物質量が同じ(反応によっては1:1以外の簡単な整数比)になっていることから未知試料の濃度Aを求めることができます。ここで「正確な濃度のわかっている溶液B」はどうやって作るのか、という問題があるのですね。

 固体の試薬を測り取ってその重さを正確に測定する。それを溶かしてメスフラスコで正確な体積に希釈する、というのが標準的な操作です。ただ、目標の濃度を設定してメスフラスコの体積と試薬の重量を決めても、このやり方だと必ずしも目標通りの濃度にはならない。これは試薬の重量を完全に目標通りにはできないから。とは言っても1割2割ずれるという程ではなくてせいぜい数パーセント程度のずれとなるはずです。

 例えば 0.01 mol/L の溶液を目標としたとしましょう。この溶液は毎回作るたびに 0.01 mol/L に近い濃度になるのですが、やはり回ごとに少し異なる濃度になってしまいます。

 この場合、作った溶液の実際の濃度を目標の濃度で割ったものをファクターと呼んでいます。たとえば 0.01007 mol/Lの溶液は「濃度 0.01 mol/Lの溶液でファクターは1.007です」という言い方です。

Photo_20220110054001

だから何?という気もしますが、この言い方ができると意外と便利です。

ここに0.01007 mol/L の溶液が、おっと失礼これは前回のやつだった、ここに0.00995 mol/L の溶液が…

などと毎回やるのは面倒過ぎですが、そこで

ここに0.01 mol/L の溶液が、おっと「ファクター」は毎回確認して置いてくださいね。

と言えるわけですね。

 さて、このファクターと山中教授のファクターXのファクターとは一体どんな関係があるのでしょうか。

 こじつければいろいろな言い訳ができると思いますが、まあここは素直になりましょう。factorという英単語には「要因・要素」という意味の他に「係数」という意味もある。「要因・要素」という意味のfactorはファクターという日本語(外来語ですが)になった。ただし滴定などで使われる意味でのfactorという英単語は一般的には日本語にはなっていないが、化学の専門用語として「ファクター」という訳語が当てられている。

 要するに一般的な「ファクター」という言葉と化学の専門用語の「ファクター」という言葉は、同じfactorからきているのですが別のことばなのです。

 実はこの「ファクター」という言葉には「力価」という訳語もありますので、こちらを使った方が混乱が少ないかも知れませんね。

 

江頭 靖幸

 

« 雪の八王子キャンパス(江頭教授) | トップページ | コーオプ演習1 最終発表会予選(江頭教授) »

解説」カテゴリの記事