サステイナブル工学の目指すもの(江頭教授)
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サステイナブル社会を意識してつくられた本学の工学部では、2年生向けに「サステイナブル工学基礎」として、サステイナブル工学に関する最初の専門科目が行われます。その中でサステイナブル工学と化学の関係について講義を担当する時間をもらいましたので、私なりにサステイナブル工学の目標について考えています。
サステイナブル工学は現在の社会の良いところを保ちつづけることを目標としています。
産業革命の結果として形成された現代の社会は成長することを前提とした社会でした。しかし成長することを前提とした社会はサステイナブルではなく、このままではやがて行き詰まり滅びてしまいます。以前は科学の進歩が成長の維持を可能にすると期待されていましたが、「成長の限界」では科学技術の進歩を考慮しても継続的な成長は不可能であると考えられるようになってきました。われわれの社会は成長(=量的増大)を野放図に目指すことから卒業し、発展(=質的充実)を目標とすることでサステイナブルな状態に移行する必要があるのです。私はそのための工学がサステイナブル工学だと思います。
ここで、まず明確にすべきなのはサステイナブル工学が目指す社会は産業革命以前の社会とは、一面では類似しているとしても、まったく別の社会であるという点です。
「日本の江戸時代の社会はサステイナブルであった」と論じる人たちがいて、あるときは過去を肯定的に描くことで現状を否定し、あるときは当時の悲惨な生活を強調して「過去に戻ることはできない」と現状維持を訴えたりします。この様な考え方の背景には科学技術の発展は一本道で「進んだ」科学技術を受け入れないということは「遅れた」科学技術に戻ることだ、という考え方があると思います。私たちがサステイナブル工学として将来のあるべき科学技術の姿を考えるとき、未来の科学技術には多様な可能性があり、その中から望ましいものを選び取ることができる、というイメージを持っています。
私たちが選んだサステイナブル工学によって、将来の世界人口が産業革命の始まった1800年ごろの人口である10億人を下回ったとしたらその選択は失敗であったと見なされるでしょう。また、人々の生活の質を定量化することは難しいものの、産業革命以後に実現された健康と長寿、快適な暮らしと高度に発展した情報環境が失われた場合もサステイナブル工学の敗北だと考えます。
地球環境 (Planet) を破壊すればサステイナブルではないが、人間 (People) と生活 (Prosperity) が工業化以前にもどってしまうなら工学の意味はない、両者をバランスさせてはじめて「サステイナブル工学」だ、ということです。
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