白人酋長ものの新境地!映画『MINAMATA―ミナマター』の感想(江頭教授)
| 固定リンク 投稿者: tut_staff
今回はジョニーデップ主演の2020年の映画「MINAMATA―ミナマター」についての感想を。
事実の基づいた物語。カメラマンとしてかつては名声を馳せたユージン・スミス。しかし今では、年を経て衰えてゆく自らを受け入れられずに酒浸りの自堕落な日々を送っていた。ある日尋ねてきたエキゾチックな魅力に溢れる美女に誘われるままに取材のための旅にでるユージン。彼が訪れたのは1971年の水俣。公害に対する補償を巡る大企業チッソと患者達の争いのなかでユージンは見失っていた自分を取り戻し、報道写真家として患者達の戦いを世界に伝えるために立ち上がる!
というお話し。最初は「ジョニーデップもこんな役をやるんだなあ。」と思えるような疲れた中年、いや初老の男を演じています。なるほど、これは主人公が情熱と自信を取り戻すお話しなんだな、と分かります。水俣に行って人々の複雑な想いや苦難にめげない勇気、温かい思いやりの心にふれて…、と思ったらそれでは済まないハリウッド。謎の美女と共にスパイアクションみたいな病院潜入で大企業の陰謀を突き止める(けど報道はしない)、など結構な活躍をしてみせます。ああ、これは「中年男の再起もの」と「白人酋長もの」を合体させた映画なのだな、と分かります。
いままでの「白人酋長もの」だと「本国ではうだつの上がらない若者が新大陸で原住民のリーダーとなって大活躍、おまけに美女もゲット」という痛快なストーリーが定番ですが、それでは今のハリウッド映画の(ジョニーデップ映画の、かな)視聴者層にはアピールしないのでしょう。主人公は初老の男。リーダーなんて責任は負わなくてもしっかり特別待遇で、ちゃっかり美女もゲットというところが夢があって楽しいですね。
日本が舞台の映画なので、日本人の俳優も参加しています。とくに注目は真田広之氏。彼の演じる抗議運動のリーダーのもつ底知れない感じは、この映画の良いアクセントとなっています。チッソ水俣工場のせいで海は毒だらけになっている、と言いながら地元民が漁をして魚を食べていても全く気にする様子がない。貧しくて他に生業がないから漁を続けているのか、と思っていたら主人公ユージンのニューヨークの暗室の設備をそっくり水俣に再現する、という離れ業をやってのけます。1970年当時、プロ向けの写真関連の機材をそろえるのにどのくらいの費用がかかったんだろう。きっと凄い資金源があるに違いありません。この真田広之氏が演じる役の背後関係をモチーフにもう一つ別のストーリーが作れるのではないか。是非「MINAMATA EP.5 チッソの逆襲」みたいな映画を作って欲しいですね。
さて、このような映画をみると最近の日本の若者達がいかに思慮深くて優しいかを心から思い知ることになります。だって、彼らは自分自身の欲求不満を「俺TUEEE」と妄想して解消する物語のために、まだ生傷が癒えていない他国の不幸をネタにするような不躾なことはしません。代わりに舞台を「ナーロッパ」などフィクションの世界にとどめていて、他の国や地域の人たちに偏見を押しつけたり、不愉快な想いをさせない配慮を示しているのですから。
追記:
この映画について、映画情報サイトの「映画.com」というサイトのユーザーレビューに「映画『MINAMATA』に違法作品の疑い」という投稿が載っていました。投稿者名は「入口紀夫」氏となっており、調べると水俣市出身の工学者で企業・大学で数々の実績を残された方の様です。(投稿者が本当に工学者の入口紀夫氏である保証がない事には留意してください。)賞賛のレビューが多い中で注目すべき内容であり、私もうなずけるところの多いレビューでした。この映画をご覧になった方は、いえ、ご覧になる前に是非ご一読頂きたいと思います。
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