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ハラスメントを定義できるか?(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 ハラスメントの定義、というと抽象的ですね。もっとはっきり言いましょう。ここでは「ある行為がハラスメントかハラスメントでないか、機械的に判断する基準はありますか?」ということを考えてみたいのです。

「それハラスメントだぞ!」

「えっ、なんで。どこら辺がハラスメントなんだ?言ってみろ!」

「そんなの当たり前だろ!そんな事も分からないのか。大体おまえは…。」

「何だと!おまえこそパワハラだろう!」

てな感じで、ハラスメントが問題になるときには多くの場合「それがハラスメントなのか」という議論が生じるものです。これはある意味当たり前で、誰がどう見ても分かる問題行動であれば、普通は法律で禁じられているはず。それはハラスメントじゃなくて犯罪なんですよね。結局、ハラスメント問題にはいつも「微妙な判断」がつきまとうことになるのです。

 ハラスメントを定義するのは化学の世界で元素や分子というものを定義する、というのとはわけが違いそうです。元素や分子はそもそも自然に存在しているものですから、定義といっても実は「記述している」だけなんですよね。これに対してハラスメントはハラスメントと判断されたとき、はじめてハラスメントになるのです。しかも犯罪の認定とは違って個々人による判断の違いも大きそうです。

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 個々人で判断が違う、という点に注目してみましょう。元素や分子と違ってハラスメントについては関係者一人一人の判断が完全に一致している必要は別に無いのでは。要するにハラスメントを定義する必要が本当にあるのか、と考えてはどうでしょうか。

 なぜハラスメントを定義する必要があるか、といえば「ハラスメントの存在を認定」し「ハラスメントの被害者」と「ハラスメントの加害者」を決定し、加害者には何らかの罰を、被害者には何らかの補償を与えることでハラスメントという問題を解決する必要があるから。でも、これは犯罪に対処するときの考え方と同じ。ですから犯罪が定義できるようにハラスメントも定義できなければならないことになってしまいます。いや、定義できるようなものならともかく、問題になるのは「微妙な」ケースですよね。

 ハラスメントは犯罪とはちがう、と考えるならこのモデルにこだわる必要はありません。ポイントはいわゆる「被害者」の被害がなくなることで、そのために加害者か被害者、いずれにしても当事者のどちらか、あるいは両方が何らかの形で行動を変える必要があります。

 このためには「被害者」と「加害者」の交渉が必須となるのですが、地位や立場によってそれが巧くいかない、というのもハラスメントの特徴です。だから「被害者」と「加害者」との間に調停者が必要になる。大学ならハラスメント委員会といった組織がその役割を果たすことになるのですね。

 自分がハラスメントの被害者だ、と感じることがあればまずはハラスメント委員会に相談すること。相談したとしても加害者(だと被害者が思っている人)に罰が下されるとは限りません。委員会という形で複数の意見を集約して答えが出されるのです。逆に言えば自分のハラスメント被害の訴えがもし客観性を欠いた無理筋のものであっても相手を不当に傷つけることはない、ということなのですから安心して欲しいとも思います。

江頭 靖幸

 

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