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圧力による化学反応の制御 ハーバー・ボッシュ法の場合(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 役に立つ化学物質を作り出す、それが応用化学科の目的ですが、それには二つの側面があります。ひとつは、どんな化学物質が役に立つのかを知ることで、簡単に言えば「材料の開発」です。

 もう一つの側面は有用な物質を実際に作り出すこと、特に大量生産することで、これが化学工学(私の専門です)の中心的な課題です。化学的に物質をつくるのですから、必要となるのが反応の制御。この分野を特別に「反応工学」と呼んだりします。

 さて、化学反応を制御する場合、一番重要な要素はなんでしょうか?タイトルを見ると圧力?いえいえ、やはり最重要の因子は温度でしょう。同じくタイトルにある「ハーバー・ボッシュ法」ですが、これは反応に対する温度条件を圧力を使って緩和した、という例として理解できると思うのです。

 化学の教科書には必ずハーバー・ボッシュ法の記述があります。窒素と水素からアンモニアを合成する場合、平衡までしか反応は進まない。ルシャトリエの法則から圧力が高い方が有利であることが分かり、後は圧力に耐える反応装置をつくるという技術的な問題の解決へと話が進むのが定番です。

 そこで、充分なアンモニアを生成できる条件の目安となる様な平衡定数を以下の様に計算してみました。

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 圧力を決めると「充分なアンモニアを生成できる」ための圧平衡定数Kpが求められます。圧平衡定数は温度だけの関数ですから、そのときの温度も決まります。

 例えば圧力が常圧(1気圧)の場合、平衡定数は16/3=5.33 atm-2となり、その平衡定数を与える温度は155.5℃と求められます。もしこの温度で充分な早さで平衡に到達できたなら、あるいは非常に活性の高い触媒が開発されていたなら、ハーバー・ボッシュ法は常圧で行われていたはずです。

 現実には155.5℃という温度では充分な反応速度を達成する方法がありませんでした。そこで圧力を変えることが試みられたわけです。

 下表は圧力を変化させた場合の「充分なアンモニアを生成できる」ための平衡定数と温度です。

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 圧力を100気圧にすることで360℃程度まで温度を上げても充分な量のアンモニアが生成できることがわかります。この温度でなら触媒を使って充分な速度が達成できた、それがハーバー・ボッシュ法のポイントです。つまり、圧力を変えることで平衡による温度への制約を緩和したのです。

 さて、こう考えてみるとハーバー・ボッシュ法が実現された背景にはいろいろな条件があったことが分かります。まず、常圧での必要温度が155℃であり、反応が進みそうにない温度でありながら絶望的に低いわけでもない。圧力を100気圧にすることで温度が約200℃変化するというのもなかなか絶妙な具合です。

 逆に考えると、ほとんどの反応は温度で簡単に制御できるか、全く絶望的かのどちらかで、圧力による温度条件の緩和、という手段の対象となる反応は一部に限られる。さらに圧力の効果も必ずしも充分であるとは限らない、ということになります。

 結局、ハーバー・ボッシュ法は教科書に載っていますが、反応制御の手法としては「教科書的」とは言えない様です。(だからこそハーバー・ボッシュ法はすごいのだ、とも言えますが。)

注)上記の計算では窒素、水素、アンモニアが理想気体であると仮定しています。高圧でアンモニアが含まれる系では成り立たないのですが、ここでは数値の目安を得ることが目的なので見通しの良さを重視しました。

 

 

江頭 靖幸

 

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