触媒による化学反応の制御 エチレンオキサイドの合成(江頭教授)
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反応を制御するための工学、「反応工学」の話題として圧力による反応の制御について、前回と前々回で紹介しました。今回は触媒による反応の制御についてお話ししましょう。
例によって「ハーバーボッシュ法」からスタートします。
発熱反応である窒素と水素からのアンモニア合成反応はルシャトリエの法則から低温ほど有利である。しかし、あまりに低温では反応が進行しない。そこで、アンモニア合成に際して分子の数が減少することに注目し、再びルシャトリエの法則を適用すれば高圧が有利であることがわかる。圧力を上げ、さらに触媒を開発してついにアンモニアの工業的な合成が可能になった。
さて、ハーバーボッシュ法での開発された触媒の役割は低温でも充分早い速度で平衡濃度が達成されるように反応を加速することです。ただし、触媒を加えると正反応が早くなるのと同時に逆反応の反応速度も大きくなり、平衡状態に達する時間は短くなるものの、平衡の移動は起こりません。つまり「触媒は最終的な反応の結果に影響を与えない。」ということです。
ここで話変わってタイトルにあるエチレンオキサイドの合成について紹介します。エチレン(C2H4)と酸素(O2)を反応させるとどうなるでしょうか?エチレンの酸化、あるいは燃焼ですから、最終的にはCO2とH2Oができるはずです。ところが銀を含む触媒をつかうとエチレンと酸素からエチレンオキサイド(C2H4O)を作ることができます。エチレンオキサイドを水と反応させるとエチレングリコール(不凍液やポリマーの原料として有用な物質です)が得られるため、この反応は工業的に行われています。ここで銀の触媒というところが重要で、他の触媒ではエチレンオキサイドではなく二酸化炭素と水(それと未反応のエチレン)が生じることになります。
さて、このエチレンの部分酸化の例と先ほどの「触媒は最終的な反応の結果に影響を与えない」という知見とは矛盾してはいないでしょうか。
同じ原料系から触媒を変えることで別の物質を作ることができる。触媒を利用して違う反応を起こすことができるのに「触媒は最終的な反応の結果に影響を与えない。」とはこれ如何に、です。
もったいぶらずに答えをご紹介しましょう。「触媒は最終的な反応の結果に影響を与えない」ことと「触媒を変えることで別の物質を作ることができる」ことが両立するのは多くの反応が「最終的」なところまで進まない様に行われているからです。
エチレンと酸素に銀触媒を加えて長時間放置して平衡に到達するまで待てば、やはり二酸化炭素と水ができるのです。ただし、銀触媒が加えられたことで二酸化炭素と水になる前に、まずエチレンオキサイドができ、その後で二酸化炭素と水へと変わってゆきます。エチレンオキサイドがたくさんできて、かつ二酸化炭素と水への変化が起こる前の状態で温度を下げるなどして反応を終了させればエチレンオキサイドを造る事ができる。銀の触媒はエチレンオキサイドを生じるまでの反応は早くするのに対し、エチレンオキサイドを酸化して二酸化炭素と水に分解する反応の速度はそれほど早くないのです。
どんな反応も最終的には平衡状態に到達する、という知識はとても重要ですが、実際の物質生産では平衡状態からはなれた状態を取り扱わなければなりません。確かに話は複雑になるのですが、これは豊かな可能性が広がっていることだとも言えます。触媒は平衡への到達を加速するだけでなく、平衡に到達するまえにいろいろな物質を作り出すことができる、そのことが触媒の研究を豊かなものにしているのです。
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