圧力による化学反応の制御 メタネーションの場合(江頭教授)
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圧力による反応の制御につて、前回はハーバーボッシュ法を例にとって紹介しました。
発熱反応である窒素と水素からのアンモニア合成反応はルシャトリエの法則から低温ほど有利である。しかし、あまりに低温では反応が進行しない。そこで、アンモニア合成に際して分子の数が減少することに注目し、再びルシャトリエの法則を適用すれば高圧が有利であることがわかる。圧力を上げ、さらに触媒を開発してついにアンモニアの工業的な合成が可能になった。
というのが一般的なハーバーボッシュ法の説明ですが、前回は
実はほとんどの反応は温度で簡単に制御できるか、全く絶望的かのどちらかで、圧力による温度条件の緩和、という手段の対象となる反応は一部に限られる。(中略) 結局、ハーバー・ボッシュ法は、反応制御の手法としては「教科書的」とは言えない。
と結論づけました。
今回、この結論の部分を、もう少し詳しく説明したいと思います。アンモニア合成以外の反応の一例として一酸化炭素と水素からメタン(と水)が生じる反応、メタネーションを例としましょう。
メタネーションの反応は発熱反応であり、同時に反応によって分子数が減少する反応です。(一酸化炭素1分子と水素3分子が反応し、メタンの水の分子が一つづつ生じます。)この点では窒素と水素からのアンモニア合成と同じです。
まず、アンモニア合成の時と同様、充分なメタンを生成できる条件の目安となる様な平衡定数を以下の様に計算してみました。
圧力を決めると「充分なメタンを生成できる」ための圧平衡定数Kpが求められ、そのときの温度も決まります。アンモニアの場合と同様、圧力と温度(平衡組成で充分な反応物が得られる温度のことです)を計算してみましょう。
下表が結果です。
1気圧の条件でも、611.7℃以下の温度なら、平衡に達するまでに充分なメタンが生じ得ることがわかります。611.7℃なら、反応が進行することを充分に期待できますから、わざわざ圧力を上げて「平衡を有利な方向にずらす」必要は無いのです。
ハーバーボッシュ法で用いられてた「圧力を上げる」という手法はもちろんメタネーションでも有効です。ですが、それ以前にすでに充分に反応は進みやすく、特に圧力を上げる必要は無い、そういう意味ではメタネーションに「「圧力を上げる」という方法は使えない(使う必要が無い)ということなのです。
アンモニア合成とメタネーションは定性的には同じ発熱反応であり、分子の数の減る反応です。ですが、実際に圧力による反応制御が使われるかどうか、はその定性的な部分だけでは決まらない。平衡による制約がどの程度の温度で問題になるか、その定量的な値が重要です。メタネーションでは600℃程度の温度まで平衡の制約が問題となりませんでした。アンモニア合成では155℃という絶妙な温度で平衡の制限が生じていますが、他の反応にはもっと低い温度で平衡制約を受け、100気圧程度の加圧では自体が改善しないものもあるはずです。加圧によってほどよく平衡がずれる、という反応はむしろ特殊であるといえるでしょう。
なお、圧力を上げる必要が無い、と書きましたが、別に圧力を上げてはいけないわけではありません。今回の議論は平衡による制限についてだけを考慮したもので、実際に反応が進むかどうかは副反応の有無や触媒の選択にも依存しています。
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