書評 アーサー・C・クラーク著「渇きの海」(江頭教授)
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「渇きの海」は著名なSF作家、アーサー・C・クラーク氏の作品で観光用の遊覧船の遭難事故とその乗客達の救出劇を描いた小説です。とはいえそこはSFの巨匠が描く作品。実はこの遭難事故の舞台は月面。人類が月面に進出し、恒常的に人が滞在する基地が造られている近未来を舞台とした物語なのです。
この作品、発表されたのは1961年とのことで、すでに62年前の作品です。当時はアポロ計画が発表されて月に対する興味・関心が高まっていた時期だと思われますが、逆に言えばまだ月着陸した宇宙船がない時代。ですから、本作の月は各種観測データからの推察に基づいてクラーク氏が慎重に想像し大胆に創造した世界だと言えるでしょう。
その最たるものがタイトルにもなっている「渇きの海」。月には実は海があった、といった軽々しい夢物語ではありません。月の地表に堆積した微細な砂が窪地に集積し、あたかも水面のように平坦な表面を形成している場所が「渇きの海」と呼ばれているという設定です。微細で乾燥しきった砂はサラサラと流動するので砂より密度の高い物質を「渇きの海」に置くと沈んでしまいます。さらに、「船」の形をしたものを水面ならぬ砂面に浮かせることができる。スクリューを付けて推進させることすらできる、というのです。そこで造られたのが月の「遊覧船」。そして思わぬ突発的な事象によってこの「遊覧船」が月の砂の海に「沈没」してしまう。砂の中に閉じ込められた人々と彼らを救出しようと努力する人々とのドラマが始まります。
さて、私は高校生時代にこの作品を読んでいるのですが、電子書籍版が出ているのを見つけて、今回久々に読み返してみました。(いや、割引セールに釣られた訳じゃないですよ。)
40数年ぶりに読んだ感想は「やっぱり面白い!」に尽きますね。昔読んだときに感じた「サンダーバードみたい!やっぱりイギリスの作家だからかな」という感想はそのままでした。いや、それどころか、SF小説として「未来を見せてくれる」面白さに加えて60年前の小説として「過去を保存している」作品としての面白さも加わっていて面白さ倍増です。例えばマスコミ関係の描写。詳しくはネタバレになるので書きませんが、「そうそう、やっぱりこうだよね」とはげしく同意するところと「いや、そうはならんだろう」と突っ込むところが交互に出てきてなんとも言えない味わいになっています。
とはいえ、今になって読み返すと問題を感じる点も。肝心の渇きの海を構成する「月の砂」の描写ですが、これが納得できない。「安息角0°の砂って、真球なのか。火山活動で溶融したガラス状の物質が固まったのか。いや、月でそんなものができる状況があるのか。」とか「堆積層の熱膨張率って構成する物質の熱膨張率と同じ程度のオーダーだろう。月の重力下で自然対流が起きるのか。」とか、気になること多し。いや、大学で化学工学科に入って「単位操作Ⅲ」の授業で粉体工学の授業をとったのがこんなところに影響するとは。
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