「豊洲、ベンゼンは基準の79倍」という記事がありましたが…(江頭教授)
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豊洲の地下水の汚染の問題は随分前(6年程前)に話題となったお話。すでに建設された豊洲市場については特に(地下水由来の)問題がニュースになっている訳でもないのですが、この事件(?)についての報道はある意味で環境問題について考えるべき論点が典型的に現れている様に見えるのです。
当時の記事で表題の様に豊洲の地下水は「基準」の79倍の濃度だ、と書いてありました。でもベンゼンの「基準」には実は2種類あるのです。当時ニュースになった79倍の方は「環境基準」との比較。でももう一つの基準である「排水基準」との比較なら7.9倍になるのです。
「環境基準」と「排水基準」、同じ基準でも意味は異なっています。
まず「環境基準」から。環境省のWEBサイトの記述には
環境基本法(平成5年法律第91号)第16条による公共用水域の水質汚濁に係る環境上の条件につき人の健康を保護し及び生活環境(同法第2条第3項で規定するものをいう。以下同じ。)を保全するうえで維持することが望ましい基準(以下「環境基準」という。)
という定義(?)が出ています。公共の水域では維持することが望ましい基準であるとされています。ベンゼンについての基準は「人の健康を保護するために定められた基準」と分類されていて 0.01mg/L 以下となっています。
一方、「排水基準」は「この濃度以上の有害物を含む排水を出してはいけません」という基準であり、ベンゼンの場合は 0.1mg/L 以下となっています。つまり排水基準は環境基準の10倍なので、先ほどの7.9倍と79倍の違いはここから来るのです。
上図はYomiuri Onlineにでた件のニュースのスナップショットです。タイトルには単に基準としかありません。(もちろん、本文中には環境基準であることが記載されていますが。)
さて皆さん、
(1)「豊洲、ベンゼンは環境基準の79倍」
(2)「豊洲、ベンゼンは排水基準の7.9倍」
という二つのタイトルがあった場合、どちらに興味が湧くでしょうか? もっと有り体に言えばどちらがショッキングでしょうか?
おそらくこの記事の記者は(1)の方が注意をひきやすい、と判断したのでしょう。つまり、数字の大きい方がインパクトがある、という考えです。
しかし、私には排水基準を超えているということの方が重要に見えます。これは豊洲市場の地下水はそのまま公共水域に流すことができない、排水するためには処理施設が必要だ、ということなのですから。(実際には地下水を利用する計画は無いようですから排水施設の設置は必要なさそうですが。)
その一方で、(1)では「豊洲市場の地下水」のベンゼン濃度と環境基準とを比較していますが、「豊洲市場の地下水」は環境基準を適用する「公共の水域」なのでしょうか?そして環境基準を超えたら豊洲市場では具体的に何をすべきなのでしょうか?あるいは環境基準を超えなければその「何か」をしなくて良いのでしょうか?
さて、今回紹介して記事は「排水基準」の倍率で示すべきか、あるいは「環境基準」の倍率でしめすべきか、どちらなのでしょうか。私は「排水基準」派だと思いますか?いえいえ、私は基準の倍率で示すべきではない派です。
環境基準にしても排水基準にしても、基準というものは「この問題に対応しなくてはならない」というシグナルを発するためのトリガーです。ですから、基準値は超えたか超えないかが重要なのであって、「基準値の○○倍」という表現にあまり意味はない、というか不適切なのではないでしょうか。たとえば測定値が環境基準の100倍なら対応をとるが、10倍ならとらない、ということはありません。判断の境目は1倍以上、1倍以下で、結局は超える超えないが判断の分かれ目です。対応をとる、と判断された後に具体的にどのような対応をとるかの内容は、さらに検討を行って決定されるのです。基準値の倍率から内容を判断できるようなものではありません。
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