化学実験で測定精度は何桁必要か(江頭教授)
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化学の分野で定量的な(数値を出す)学生実験を始めて体験すると、多くの学生さんが意外と精度が低いことに驚きます。以下の学生さんの感想もその一つ。
化学という学問の長い歴史を考えれば100桁位の測定精度の実験ができていて当然ではないか
うーん、頑張って実験した割に精度が低いとなると不満の一つも言いたくなるのでしょう。それにしても100桁とは大胆な。それなら、精度を高める難しさについてはさておいて、そんな精度が必要なのか、について少し考えてみましょう。
「化学実験で測定精度は何桁必要か」という問について普通に考えると「ケースバイケースです。」で終わってしまうのですが100桁という心意気に敬意を表してこちらも大風呂敷を広げてみましょう。
想像しうる限り最大の精度が求められる実験ですから、扱う物質量は「宇宙の全質量」がふさわしいですよね。精度も極限を追求しましょう。水素原子1個まで正確に量ることにします。
まず、宇宙の総質量から。「Mass of the Universe」というWeb上のエッセイをみると宇宙の質量にも諸説あり、1050~1060 kg とされている様です。(アインシュタインの「宇宙と人間の馬鹿さ加減は無限大」というのは除いて...。)
一番納得し易いのは星の密度から求めた1050 kgの値ですが、ここは最大値の見積もりが目的なので、大きい方を取って1060 の桁の値、1.6×1060 kg としてみましょう。
水素原子一個の重さは 1g をアボガドロ数で割った数字になります。1.66×10-24 g。単位に注意して 1.66×10-27 kg です。
宇宙の全質量を測定したとき、水素原子一個分の質量を量り間違えたとすると誤差は
1.66×10-27 kg ÷1.6×1060 kg = 1.0×10-87
となります。つまり、「化学の実験に必要な測定精度は最大でも87桁」ということになります。
学生さんは気軽に100桁という言葉を使ったのかも知れませんが、こうして考えてみると100桁という精度の途方もなさがよくわかると思います。
実際に実験で精度を一桁上げようとすれば、それこそ「桁違い」の労力が必要になる訳ですが、それを100回くり返すとなると想像もできない苦労があるでしょう。100桁の精度が不必要だ、というのはありがたい話ですね。
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