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そして誰もいなくなった…少子化の行方(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 少子化が問題だ、というお話は随分まえから出ていて1.57ショックといわれた1989年の合計特殊出生率が今では高いと思える有様。日本の人口も2008年から減少に転じています。もっとも、もし人口が増え続けていたらと考えれば少子化と人口減少の方がずっとマシな問題の様に私には思えるのですが、それはさておき、この問題が将来的にどうなって行くのかを考えてみたいと思います。

 具体的に考える前に、まずは少子化と人口減少の何が問題なのかを考えましょう。これにはいろいろな具体例が挙げられるでしょうが、全体として言えるのは「いままで通りのやり方が通じなくなる」ことだと言えるのではないでしょうか。人口が減る社会では「昨年と同じだけ製品を作ると必ず売れ残る」ことになります。新しい宣伝を工夫し、新製品や新分野を開拓し、企業はいろいろに努力しますが、その一部は残念ながら市場から退出することにもなるでしょう。

 このように「いままで通りのやり方が通じなくなる」ことによって毎年少しずつでも変化を続ける世の中は次第に現在の社会とは異なるものへと変化してゆくと思われます。では、その変化が社会のどこかの仕組みに及んだとき、少子化というものは止まるのだ、とは考えられないでしょうか。

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 少し抽象的過ぎたでしょうか。

 例えば、今は空前の人手不足で労働市場は超のつくほどの売り手市場となっています。企業は人手不足故に改善を続ける一方、働く人からみれば仕事を見つけて暮らしてゆくことは容易になって来つつある(とはいえ大変なことなのですが)のです。敢えて誤解を恐れずに表現するとこれは「市場経済において商品の供給が少なくなって価格が上昇している」状況に似ているのではないでしょうか。そう考えて次に何が起こるかを予測すれば「供給の増加」であり、今の例に翻訳すれば少子化の改善と人口増加への転換となるはずです。

 もちろん「人間と商品を一緒にするとは何事か」というご意見もあるでしょう。そしてもっと具体的に「企業が商品を増産するプロセスと子供が生まれて育つプロセスは違いが大きい」といった反論も有るかと思います。

 とはいえこの市場経済の例は先に述べた、少子化による社会の変化がやがて少子化を止める、という予想の一つの形に過ぎません。もう少し複雑な、あるいはもっと別のメカニズムによってでも少子化が止まり人口が増加に転じることはあり得るでしょう。

 こういう言い方が良いでしょうか。仮にあなたが「少子化を続けたい」と考えていたとしましょう。少子化が社会に大きな影響を与えてしまうのに、少子化を維持している社会的なメカニズムをあなたは長期にわたって維持することはできるのでしょうか。10年や20年ならともかく、例えば100年という長期を考えたとき、あなたの「少子化計画」は継続できるという自信はあるでしょうか。

 そうです。私には「少子化」が100年のスパンで持続可能な、サステイナブルなものだとは考えられないのです。それ故に、私は少子化にもいつか終わりが来ると確信しているのです。

江頭 靖幸

 

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