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専門家ならではの語り口(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 ひどい話です。いえ、先日(2023年10月9日)に東北新幹線で起こった薬品漏れ事件のことです。乗客の一人が持ち込んだ荷物から何らかの薬品が漏れ出し、それに触れた人がやけどを負ったとのこと。

 さて、こんな事件が報道されるとこの「薬品」が何だったのか、というのが気になるところ。そこでこちらの放送局は専門家である東北医科薬科大学の薬学部長、吉村祐一教授の意見を紹介しています。教授の見解は

「報道であったいろいろな事象を見てみるといずれも濃硫酸で矛盾はない」

とのこと。要するに件の薬品が濃硫酸であると仮定すると報道から知り得た情報をいずれも矛盾なく説明できる、ということです。教授本人はかなりの確度でこの薬品が濃硫酸であると確信しているのだと思いますが、直接分析することもできず、ちゃんとした証拠もないのに断言はできない。そこでこのような「奥歯にものの挟まったような」物言いをすることになるのです。

 とまあ、このように書くと私がこの先生を非難している様にみえるかも知れません。しかし、現実問題として専門家として責任をもって話せる内容はここまで。逆にリップサービスをしたい欲求に負けて「この薬品は硫酸に決まっている」などとズバッと言い切らなかったことは評価に値すると私は思います。

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 私が子供の頃、テレビに出てくる専門家は皆このような「奥歯にものの挟まったような」しゃべり方をしていたものです。子供心にそれが非常に不満で、もっとはっきり言えば良いのに、と思っていました。

 やがて報道番組が報道バラエティに変化し、話をするのも専門家ではなくコメンテーターと呼ばれる人たちに取って代わられると、まさに私が子供の頃に望んだような「ズバッと」言い切る番組をみられるようになりました。一瞬痛快に思ったことは事実なのですが、その後私はテレビの報道に関する興味を急速に失っていくことになりました。なんというか、知識を学ぶ替わりに感情をかき立てる番組に変わってしまったように感じたからです。

 この吉村祐一先生のお話は、そんな私に昔の「専門家ならではの語り口」を思い起こさせてくれました。昔は「奥歯にものの挟まったような」と感じた語り口ですが、その表現は複数の可能性を常に並行して考えることができる良く訓練された知的な能力と、それをそのまま視聴者に伝えようとする誠実さとに裏打ちされた深みのある語り口だ、今の私にはその様に感じられるのです。

江頭 靖幸

 

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