COガスの不純物(江頭教授)(江頭教授)
| 固定リンク 投稿者: tut_staff
私が学生だった頃の話です。一酸化炭素、COを使ってNOを還元する触媒の反応実験を行っていました。粉状の触媒を内径10mm程度のガラス管に詰めて周囲から加熱、COを含んだガスを送り込み、反応ガスを分析する。そんな実験をルーチンで何回もくり返していたのですが、実験を始めてしばらくすると触媒を入れるガラス管に黒っぽい汚れがつき始めました。
この汚れ、ガラス管が加熱用ヒーターで暖められている部分、ガスの流れの上流側、内側についていました。洗ってもとれませんし、触媒に直接接触する部分でもないので、そのまま使い続けているとだんだん黒さが増してくる。やがて黒い色から金属光沢を示す様になってきます。
「一体、これは何だろう?」
研究室の仲間に相談するとすぐディスカッションが始まります。
「ガラス管の内側、ガスが加熱されてすぐの場所で生成しているのだから供給されたガス内の何かが固体になったはず。」
「供給されているのはCOとNO。希釈用のHeはさすがに無視して良いはずだからC、N、Oでできたもののはずだ。光沢のある固体として考えられるのは炭素、グラファイトだろうか。」
「でも、数百度程度の温度で炭素の析出が起こるとは考えにくい。」
「ガラス管の上流と下流で原料の濃度はそんなには変わっていない。にもかかわらず上流にしか発生しないというのもおかしい。」
「これは原料そのものではなくて、原料に不純物が含まれているのでは。不純物は加熱されて分解し、この金属光沢のある物質となるのだろう。入口近くですべての不純物が分解し、それより下流には影響が出ないわけだ。」
などなど、結論は出なかったのですが、「他の研究室でも同じ現象が起こっている」という耳寄り情報もありました。結局、そちらから原因を教えてもらったのですが、ガラス管にくっついている物質は鉄、それもボンベの内側の鉄がガスと一緒に運ばれてきたものだ、というのです。
一酸化炭素、CO、は金属原子に配位結合することでカルボニル化合物という物質を生じます。COを入れたボンベの内部では鉄ががCOと接触しています。温度は低いのですが圧力は高く、ごくわずかですがCOと鉄が反応して鉄カルボニルを生じます。鉄カルボニルの沸点は103℃ですが、ごくわずかの鉄カルボニルは蒸気となってガスと一緒に流出してくるのです。
この鉄カルボニルが反応用のガラス管に入って加熱されると分解、COはそのままガスとして下流に流れてゆくのですが鉄はその場に固体として残り、ガラス管の黒ずみから金属光沢のある膜にまでなった、という訳です。
鉄のガスボンベから供給したCOガスに鉄カルボニルが含まれている、という事実は良く知られていたことの様です。COガスの供給に際しては使用前に鉄カルボニルを吸着させて取り除け、と指示する実験書を見せてもらった記憶があります。
あっ、ガラス管の汚れですが、酸で洗うとすぐに溶けてきれいになりましたよ。