海水を淡水化するにはどれくらいの圧力が必要か(江頭教授)
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海水には塩分が含まれていてそのままでは飲み水として利用することはできません。もちろん、農業用水として利用することもできませんから大量の海の水を目の前にしながら水不足に悩む、という不条理なことが起こります。そこで、海水を淡水化する技術、具体的には海水の塩分と水とを分離する技術が求められてきました。
一番簡単に思いつく水と塩との分離技術は蒸留でしょう。海水の水を蒸発させると塩が残って…あれっ、水は?水は水蒸気になってしまいますから、このままでは塩田で塩を造る技術になってしまいますね。ということで、実際に海水淡水化に用いられている技術は逆浸透という膜を利用する分離技術、つまり膜分離技術の一種です。
「逆浸透」とは浸透の逆、という意味ですから、まずは「浸透」から。「浸透」という現象は高校の化学の「浸透圧」のところで説明されています。塩などが溶けている水と純粋な水を「半透膜(水は通すが塩は通さない膜)」を介して接触させると水が純水側から塩水側に向かって浸み透ってゆく現象が浸透、そのときの水が塩水に向かってしみ込もうとする圧力を浸透圧といいます。
よく、純水側から塩水側に水が流れ込んで半透膜の両側で水位に差がつく、という表現がされています。塩水の方が水位が高くなるのですが、では塩水側に圧力をかけておけば水の流れ込みを阻止できる筈です。そのために必要な圧力が「浸透圧」ですが、では浸透圧以上の圧力をかけたらどうなるのでしょうか。
今度は塩水側から純水側に水が流れるはずですが、その際、塩分は半透膜を通り抜けることができないので純粋な水だけが塩水から搾り取られる事になります。これを組織的に行うのが逆浸透という技術です。
では、海水から純水を搾り取るにはどのくらいの圧力が必要なのでしょうか?
これは海水と純水との間に生じる浸透圧ですからファントホッフの法則
Π=cRT
を使って計算できます。ここでΠが浸透圧、c、R、Tは順にモル濃度、気体定数、絶対温度です。
海水には実際にはいろいろなイオンが溶けていますが、ここは簡単のためNaClの水溶液であると考えましょう。濃度は約 3.5 wt% だと言います。1 L(厳密には1 kgですが密度はほぼ1で良いでしょう)の海水中に約 35 g のNaClが存在するとしてモル濃度cに換算しましょう。
NaClの式量は58.5、35 g のNaClは 30÷58.5 から約 0.60 mol となりますが、水中でNaClが電離していることを考えるとモル濃度cは 1.20 mol/L となります。
温度を例えば23℃( =300 K )とすると気体定数R= 8.31 J/(mol・K) なので浸透圧は約 3.0×106 Paと計算されます。(Lは1×10-3 m3であることに注意してください。) 大気圧が大体 1.0×105 Paなので逆浸透に必要な圧力は30気圧となりました。これはなかなかの圧力ですね。
浸透圧分の圧力より大きな圧力をかけてはじめて真水を塩水から分離することができます。実際の海水淡水化では、圧力が高いほど真水を素早く生産できることを考慮して、浸透圧の倍程度の圧力をかけて操業されているそうです。