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今年の休学者ガイダンスで話したこと(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 昨日の記事では昨年の休学者ガイダンスで、

自分の仕事が自分で片付けられないとき、自分で責任をもって誰かの助けを求める。それが自己責任。

というお話しをしたら、他の先生たちとモロかぶり。同じメッセージが3回くり返されることになった、というお話しをしました。

 ということで、今回は私が今年どんな話をしたのかを紹介したいと思います。今年私が話したのは、自分が小学生だったとき運動会に遅刻したエピソードです。

 寝坊したらダメだよ、とか遅刻は皆の迷惑に…という話ではありません。この運動会の件、実は担任の先生が開始時刻を間違えて知らせていたのです。だから私は遅刻した。ここまでなら普通の話なのですが、この時クラスで遅刻したのは私だけだった、というのがこのお話の肝です。

 例え担任の先生が間違った時間を伝えていても、他の生徒達は別ルートから正しい情報を得ていたのです。でも私は、というか私だけは正しい情報に接することができなくて「やらかした」のですね。うーん、自分ながら、友達いない子供だったんだなあ。

 いや、これにも理由があって、実は私は親の転勤の都合でこの小学校に転校してきて日が浅かったのです。(私は小学校は三つの学校に行っているのです。)

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 さて、このエピソードで分かるのは

  1. 学生(いや、小学校だから生徒ですね)が情報を得るルートは正規の伝達ルートだけではない。実は複数の情報ネットワークから重複して情報を受け取っていて多少のエラーは修復可能である。(例えそれが先生の言い間違いでも。)
  2. そのネットワークに組み込まれていない者(私だ!)は不利益を被ることがある。

ということです。この「重複した情報ネットワークの強靱性」というのは意外と見落とされているのかも知れません。大人なら必ずしている、メモをとってのタスク管理や手帳やカレンダーを使った日程管理をほとんどしない小学生が、それでも何とか学校という社会で生活していられる。それは、この情報ネットワークの重複があるからでしょう。ではなぜ重複しているのか。小学生が(同じクラスなら)ほとんど同じ周期・同じスケジュールで活動しているからです。

 とはいえ、「皆が同じ事をする」集団の情報ネットワークに頼った生活はいつまでも続けられません。一人一人が別々の活動をする様になれば自ずと情報ネットワークの利用価値は下がり、自分自身によるタスク管理や日程管理に移行しなければなりません。

 ではこの移行はいつ行われるのか。普通は大学生活の中で訪れるものだと思います。大学に入ってすぐの学生さんは「皆が同じ事をする」集団ですが、社会に出る日に備えて卒業研究などを進めている学生さんたちは自分で自分を管理しているものです。

 さて、休学者の皆さんが大学に戻ったとき、周りの学生さんは「皆が同じ事をする」集団ですが、自分だけの事情もあるのでその「皆が同じ事をする」について行けば良いという訳ではありません。ちょうど転校したての小学生だった私のように「自分だけが遅刻」といったやらかしをしないためには一足早く自分でタスク管理や日程管理をする人(要するに大人)にならないといけないのです。

ここまできてやっと「休学者ガイダンス」に話がつながりましたね。

江頭 靖幸

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