"development"は「開発」か「発展」か(江頭教授)
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「あ! どっちもデス」
なんて言われると返す言葉もないのですが、これは一般的な話ではありません。「sustainable development」という用語の中の"development"、これをどう訳すべきか、というお話です。
最近有名なところでは「SDGs = Sustainable Development Goals」がありますが、これの邦訳は以下の外務省の説明にもあるとおり「持続可能は開発目標」となっていて、development = 「開発」と訳されています。
では「持続可能な発展」という文言は?探してみると「環境基本法」に「持続的発展が可能な社会」という理念が示されています。
さて、両者にはどんな違いがあるのでしょうか。「持続可能」とわざわざ断っているのですから、気を緩めると「持続不可能」になってしまうものだ、と考えると分かりやすいと思います。
まず、持続不可能な発展。環境にからめて言えば「持続的発展が不可能な社会」とはどういう社会でしょうか。どんどん新しいものが作り出されるその裏側で、資源を浪費して公害は垂れ流す、やがてそのツケが回ってくるので、そのような社会はたとえ一時的には発展しているようにみえても結局は持続可能ではない。本当の発展とは持続可能なものでなければ、そんな意味合いとなるでしょう。
一方で持続不能な開発とはどんなことを意味しているのでしょうか。開発が持続できない、うーん、「バブルがはじけてリゾートマンションの開発が中止になった」とかでしょうか。資金調達計画をキチンとたてて固めの商売を...って、これでは国連の目標にはなりそうもありません。
ここでいう開発とは国の開発、あるいは発展途上国( = underdeveloped country )が先進国( = developed country )となる過程のことだと考えるのが自然だと思います。ここで「持続可能」とわざわざ断る必要があるのはなぜでしょうか。今では理解し難いことではありますが、「発展途上国」にどんなに開発援助を行ってもいつまでも発展しないままだ、という絶望感が先進国に広がっていた時代があるのです。その反動としての「持続可能な開発」であり、そのための目標がSDGsだ、といえると思います。
発展と開発、上の文章のも現れていますが、発展は自分がするもの、開発は対象に働きかけるもの、というニュアンスの違いがあるのでしょう。外務省は「開発」、環境省は「発展」。立場の違いが用語の違いに反映していますね。
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