物質の密度と熱の伝わりやすさ(江頭教授)
| 固定リンク 投稿者: tut_staff
以前、こちらの記事(熱を伝える物質 伝えない物質)でいろいろな物質の熱伝導度(熱の伝わりやすさだと思ってください。詳細は元記事を参照)を比較したグラフを示しました。熱伝導度はW/mKの単位で常温でも数百に達するCuやAlから、0.01の数倍程度の値になるCO2や空気など、4桁(一万倍)ほども大きく変化しますし、温度依存性を考慮すればもう一桁、10万倍にも及ぶ変化を示す物性値なのですね。
さて、この熱の伝わりやすさは何で決まっているのでしょうか。
すべてを一つの要因で説明できるほど簡単ではありませんが、図をみると液体を中心に、気体は図の下側に、固体は図の上側にあることが分かります。気体は熱を伝えにくく、固体は伝えやすい、ということです。熱の本質は分子の運動なので、分子同士の相互作用が強い固体の伝熱係数が大きく、相互作用が小さい気体の伝熱係数が小さく、両者の中間にあるのが液体、というのは納得できるのではないでしょうか。
とはいえ、細かく見てゆくと「密度の高いものほど熱を伝えやすい」というルールには例外があることがわかります。
上の図は本学の「化学工学」の授業で使用している「新版 化学工学の基礎」(朝倉書店)という教科書に載っているものですが、もともとは「化学工学便覧」の図だそうです。
例えば気体のなかのH2とHeです。H2は常温常圧では一番密度の小さな物質ではないでしょうか。その次はHeですが、なぜかほかの気体、たとえばCO2や空気と比較すると1桁近く熱を伝えやすくなっています。
もっと言うと、先の「密度の高いものほど熱を伝えやすい」というルール、気体では例外があるどころの騒ぎではなく、むしろ逆になっているのです。
これは一体……。固体や液体では物質を構成している分子は常に接触しているので、相互に振動のエネルギーをやり取りしています。それに対して気体を構成している分子は衝突という形で相互作用をしています。固体や液体の分子間では常に相互作用でエネルギーが交換されて伝熱に寄与する。では相互作用をしていない間、気体の分子は熱を運んでいないのか、というとそんなことはありません。気体の分子は空間を自由に飛び回っていて、ずっと遠くの分子と衝突して熱エネルギーを交換するのですから、飛んでいる間も熱を運んでいると言えるでしょう。
固体や液体の構成分子は頻繁に熱を伝えますが、その相手は隣の分子まで。一方で気体の分子は遠くの分子にも熱を伝えます。もっとも頻度が低い気体の相互作用では、やはり固体や液体に比べて不利で、結局熱伝導度は固体や液体には勝てない。でも、気体どうしで比べると分子が遠くまで飛んで熱を伝える、という効果が効いてきます。
一般に同じ温度なら気体の分子の速度は分子量が小さいほど早い(これは同じ温度では分子の運動エネルギーが同じになるため。分子が軽いと速度を大きくして運動エネルギーを稼がないといけません。)ので、小さい分子(≒軽い分子)ほど熱が伝わり易いのです。
この様に、物質の性質はその物質の構造と密接に関係しているので、単純な関係はなかなか見いだせないものです。でもこれは新しく別の構造をもった物質を合成すれば新しい性質が表れるかもしれない、とポジティブに見ることもできますよね。
「解説」カテゴリの記事
- 災害発生時の通信手段について(片桐教授)(2019.03.15)
- 湿度3%の世界(江頭教授)(2019.03.08)
- 歯ブラシ以前の歯磨き(江頭教授)(2019.03.01)
- 環境科学の憂鬱(江頭教授)(2019.02.26)
- 購買力平価のはなし(江頭教授)(2019.02.19)