蒸留の限界(江頭教授)
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昨日の記事では分離技術の一つである「蒸留」の起源として蒸留酒についてふれました。発酵させてつくられたお酒を蒸留すればアルコール濃度の高い蒸留酒をつくることができる。なるほど、だとしたらもう一回蒸留を行えばより強い(アルコール濃度の高い)お酒をつくることができるのでは……。
そう考えた人がいたらしく非常にアルコール濃度の高い蒸留酒が存在しています。スピリタスというウォッカの一種がそれで何と95%がエタノールだといいます。いや、凄いなあ。
でも100%じゃないんだ。ならもっと蒸留を繰りかえしてスピリタスを超える蒸留酒を、と思った人がいるかどうかは分かりませんが、実は95%以上の蒸留酒を造ることはできません。蒸留酒のアルコール濃度には限界があるのです。
なぜ限界があるのか。蒸留の原理に立ち返って考えてみましょう。「混合溶液を加熱した際、蒸発しやすい成分の方がたくさん蒸気になるので、その蒸気を集めて凝縮させれば蒸発しやすい成分を濃縮できる。」これがその原理ですが、では水とアルコール、おっと、水とエタノールの場合、そもそもなんでエタノールの方が蒸発しやすいのでしょうか?
一般的には小さくて軽い(分子量の小さい)分子の方が大きくて重い分子より蒸発しやすい。だとしたらエタノール分子よりずっと小さい水分子はすごく蒸発しやすいはずなのですが……。分子量のわりには水の沸点が高く、蒸発しにくい。その理由は水素結合があるからだ、もしあなたが高校で化学を学んでいればその様に教わっているかと思います。
水分子には水素と酸素の結合が1分子に二つずつあるので液体の水の中には強力な水素結合のネットワークが作られています。そのなかにぽつんとエタノール分子があるとしましょう。一つは水素と酸素の結合があるので液体中に留まることができますが、まあ、他の水分子からみれば「こいつ仲間じゃないぞ」となってはじき出されやすいのでしょう。水よりエタノールの方が蒸気となって飛び出しやすい訳ですね。
では、逆に液体のエタノールの中にぽつんと一個の水分子がある場合はどうなるのでしょうか。
エタノール分子の中に孤立した水分子は仲間の水分子に囲まれたいた場合とは立場が逆転しています。エタノール分子とも水素結合をつくることはできますが水に囲まれていた場合ほどではありません。水素結合による絆(?)が希薄になった水分子はその軽さによってエタノールよりも蒸発しやすくなるのです。
これは、水よりエタノールが圧倒的に多い溶液、例えば水1%エタノール99%の溶液があれば蒸留でエタノールの代わりに水を濃縮することができる、ということを意味しています。
エタノールの割合が少ない溶液ではエタノールが蒸留される。エタノールの割合が多い溶液では水が蒸留される。ならそのちょうど中間のエタノール濃度ならエタノールも水の両方とも蒸留可能だろう。いやいや、でもそれって両方とも蒸留されて出てきてしまうのでどちらも濃縮できないということですよね。
結局、その「ちょうど中間のエタノール濃度」とうのが95%、つまりスピリタスというウォッカのエタノール濃度なのですね。いや、濃い酒を求める人間の執念とはなんと、いやいやここは「先達の飽くなき探究心に乾杯!」ということで。
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