圧力と気体の伝熱(江頭教授)
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「魔法瓶」は真空を利用した断熱性の高い保温用の瓶のことです。(「魔法」っていうのはどうかと思いますがね。) 熱は分子の運動だから、熱が伝わるには分子、つまり物質が必要なはず。真空なら熱は伝わらない、という発想の産物ですね。
さて、真空では熱が伝わらない、ということを前提として、「気体の熱の伝わりやすさ」つまり熱伝導度と圧力の関係はどうなっている、と思いますか?
気圧0の真空では熱伝導度も0になる、ということは熱伝導度は圧力に比例するんだ!
と、その通りであればこんな記事は書かないですよね。期待に反して気体の熱伝導度は圧力にほとんど依存しないのです。
以前、気体の熱伝導について紹介したのですが、そこで熱の伝わりやすさに関係する三つの要素を挙げました。
一つは分子の速度。もう一つは分子の熱容量、そして分子が衝突しないで直進できる距離(これを自由行程と呼びます)です。
まず分子の速度。これはエネルギー等配則で分子量と温度だけで決まってしまいますから圧力とは無関係。
熱容量はどうでしょうか。一つの分子をイメージするとこれも圧力に依存しないような気がしますが、実は圧力が下がるということは分子の数そのものが少なくなることでもあるのです。一分子あたりでは一定でも総数が減るのでこちらは圧力が小さくなるほど小さくなります。
一方、分子が衝突しないで直進できる自由行程は圧力が減るにしたがって伸びてゆきます。衝突する相手がいなくなるのですからこれは当然ですね。
さて、気体の圧力が小さくなると自由行程が伸びた分、熱を運ぶ分子は移動しやすくなり熱が伝わりやすくなります。その一方で熱を運ぶ分子そのものの数は減ってしまうので熱は伝わりにくくなる。この相反する効果はちょうど打ち消しあって、圧力が変わっても伝熱はほとんど変化しなくなるのです。
もちろん、熱を運ぶ分子が完全にいなくなってしまえば伝熱は起こらなくなる。ですが、その効果が得られるためにはかなり圧力が小さくなることが必要です。
魔法瓶(デュワー瓶でもいいです)の材質がガラスに限られているのは、このような高い真空度を長時間維持できる材質が他に見当たらない、ということも大きな理由だと思います。
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