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推薦図書「ほんとうの日本経済 データが示す『これから起こること』 」(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 「人口」という切り口から日本の社会について議論する本は数多くあります。たとえばこのブログで扱ったものでも河合雅司氏の「未来の年表」シリーズ(こちらの記事では「未来の年表2 人口減少日本であなたに起きること 」を紹介しています)などがありました。

 さて、今回紹介するのは以下の本です。

坂本貴志 著

「ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」」(講談社現代新書)

講談社(2024)

この本も上記のような「人口」という切り口から日本の社会について議論する本なのですが、いままで紹介した本とは少し違います。本書の立場は「将来の人口減少社会を予測し警鐘を鳴らす」ものではありません。すでに起こっている人口減少の影響について、なるべく具体的に捉えることに注力した本なのです。

 「はじめに」を読んだ段階ですでに明かなように本書では、日本社会への人口減少の影響はすでに人手不足という形で現れているのだ、という立場をとっています。コロナ禍やロシア-ウクライナ戦争などの影響によりここ数年来、日本の経済、とくに物価や賃金については大きな変動が生じています。ややもすれば、世の中が落ち着いてこのような突発的な事象の影響がなくなれば全ては元に戻るのだ、と考えたくもなります。

 しかし、本書の第1部では日本の経済はすでに「人口減少局面」に入っており労働力不足の影響で賃金が上がり始めているとしています。現在は海外要因(戦争の影響や円安など)によって生じているインフレーションも将来労働力不足による賃金上昇を原因とするインフレーションへと転じるというのです。

 一般的には日本の賃金が上がっているとは認識されていませんが、それは一人当たりの賃金を見るから。昔は働いていなかった女性や高齢者の多くが今や働くようになったものの、彼らの労働時間は比較的短く、一人当たりの平均賃金を押し下げるように作用しています。時間当たりの給与というデータで評価すれば日本の賃金は既に上昇局面に入っていることが確認できるのです。

 バブルの崩壊以降「人余り」だった日本社会はついにその状況を脱し、今や「人手不足」の社会に転じた。それがこの本の第一の主張です。

 続く第二部で、本書の印象はガラッと変わります。

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 第2部は、この人手不足の社会に対応するべく努力を重ねている企業への取材の結果をまとめたもの。第1部がデータを元に議論を重ねる論文的な内容なのに対して、第2部はルポルタージュ的な、いや、はっきり言うと「プロジェクトX」のようなタッチで話が進みます。(いや、やっぱり言い過ぎかも。)

 人手不足が社会の問題だというのなら省力化・省人化を徹底するしかない。もちろん、これは簡単なことではありませんが、今までの「人余り」の社会よりはよほど対処しやすいのではないか。「人余り」の社会では、極端な話、一定量の仕事を皆で分け合うことが必要で、そのためには敢えて「頑張らない」「非効率を残す」ことが求められていたのではないか。それに対して人手不足の社会では「頑張って省力化」「効率を上げて省人化」に務めることになる。

 今起こっている変化が、努力してはいけない社会から努力すれば喜ばれる社会への転換だとすれば、より健全な社会への変化なのではないか。

 もちろん、著者はここまであからさまな価値判断を示している訳ではありません。でも、私にはその様な思いが感じられ、同時に自分もそれに共感していることを感じるような内容でした。

 さて、最後の第三部ではこれまでの議論を前提に将来の日本社会についての予想がまとめられています。詳細は是非本書読んでいただくとして、私としては「穏やかなインフレーションの定着」という予測が一番引っかかるところでした。そろそろ定年間近な身としてはインフレーションは困るのですが……。やはり退職後も少しは働く必要があるのでしょうか。って、これも「労働参加は限界まで拡大する」というかたちで予測されていました。

なお、私の読んだ版(2024年11月1日発行とあるKindle版)では「図表1-19 実質時給と名目時給」というグラフの表記に間違いがある様でした。(実質時給と名目時給のグラフが入れ替わっている。)

江頭 靖幸

 

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