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産業革命と幼児死亡率と「子鹿物語」(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 お正月早々に三題噺の様なタイトルですが、別にオモシロおかしい話をしようというわけではありません。今回の記事は、先日紹介した映画「子鹿物語」について、もう少し言い足しておきたいことがあって書くことにしたのです。

 さて、まずは産業革命について。産業革命にはいろいろな側面があるのですが、私なりの理解では「科学の知識を体系的に応用することによる技術革新(つまりは工学)が社会の一部に組み込まれ、生産力が爆発的に拡大した現象」といったところでしょうか。ついでに、この生産力の爆発的な拡大はいまも継続していて、ついに地球の許容量の限界に達しつつある。それが人類文明存続の危機の原因であり、その危機の克服こそがサステイナブル工学の役割なのだ、と付け加えさせて頂きましょう。

 なるほど、産業革命が危機の原因であるならば、敢えて産業革命の成果を破棄し、それ以前の世界に戻るという選択肢はないのでしょうか?

いいえ、絶対にあり得ません。

それが私の答えです。

 以下の図はハンス・ロスリング博士の著書「FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣(日経BP 2019)」からの引用ですが、「産業革命以前の世界」がいかなるものであったかを端的に示しています。当時、世界の人口は低いレベルで安定していて、確かに「自然と調和」していました。しかし、そこで暮らす人々の生活は貧しいものであり、その何よりの証拠は幼児死亡率の高さなのです。その時代に生を受けた赤ん坊はほとんどの場合「自然と調和しながら死んでいった」のです。成長し、世代をつないでゆくことができたのは運の良い一部の赤ん坊だけだったのです。

 このロスリング博士の著作では「幼児死亡率」が社会の貧しさ、豊かさの指標として用いられていました。下の図は産業革命以降の(そしてサステイナブル社会へつづく)一連の変化は確かに自然との調和を乱すものではありますが、「自然と調和しながら死んでいった」社会を脱して真の意味で「自然と調和した」社会、つまり「自然と調和しながら暮らせるようになった」社会(これをサステイナブル社会と呼んでも良いでしょう)の実現のためには必要なステップだったことを示しているのですね。

 さて、最後に「子鹿物語」について。

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 先に映画「子鹿物語」を紹介した記事で書きましたが、物語で語られる、南北戦争後のアメリカの入植地の家族、父親と母親、そして11歳の一人息子という家族構成について

 この「一人っ子」という設定、いまでこそ何の違和感も無く受け入れられるのですが、おそらく当時の感覚からすれば子供の人数が少なすぎると感じられたでしょう。物語の開始すぐに、実はこの夫婦がもっと多くの子供を授かりながらも、どの子供も赤ん坊のうちに亡くなったのだ、という背景が明らかになります。

と紹介しました。次々と赤ん坊が亡くなった、という悲劇はこの家庭の特徴ではあります。しかし、描写される隣家の子だくさんの家族もまた、子供の死、という悲劇からは無縁でないことが示されていて、それは主人公の少年にとっては掛けがえのない友人を失う、という経験でもありました。

 本来は、この物語はアメリカの国の礎を築いた開拓者たちの生活を思って作られた映画です。しかし、私には物質的に貧しい社会の特徴としての「幼児死亡率」の高さを具体的な物語として絵解きしている様にも思えるのです。

 幼児死亡率が高い貧しい社会は今の世界にも存在しています。しかし、その実態を理解すること、共感をもって感じることは今の私達には難しいことの様に思います。しかし、この様な映画を通じてその「貧しさ」の意味に触れるとき、私は「産業革命の成果を破棄することは絶対にあり得ない」と自信を持って言うことができるのです。

江頭 靖幸

 

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