野菜うま煮はなぜ熱々か?(江頭教授)
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これは私が大学院生だった頃のお話し。毎日夜まで実験をする研究室の面々はよく連れだって大学の近くの食堂に夕食を食べに行ったものでした。私達の行きつけの定食屋の人気のメニューの一つが「野菜うま煮」。とろみのついたスープにたっぷりの野菜、という仲々健康的な料理です。ところがこの「野菜うま煮」には困った点が一つ。これが結構、熱々で食べるのに時間がかかるのです。
他の料理を注文した連中はすぐに食べ終わってしまいます。そして議論がスタート。議題は「野菜うま煮はなぜ熱々か」です。
議論に参加するメンバーも一度は熱々の野菜うま煮を食べているので、これが個人の問題で無いという点ですぐに意見は一致しました。その先も、おそらく「とろみのついたスープ」が熱々の原因だろう、というところまでは合意がとれたのですが、ではなぜ「とろみのついたスープ」は熱々なのでしょうか。
第一の仮説は「高分子説」です。「野菜うま煮のとろみのもとはおそらくでんぷん糊であろう。ということは高分子が含まれていることが熱々の原因に違いない。おそらく高分子の(あるいはでんぷんの)分子構造の何かの特徴によってとろみのついたスープの熱容量はかなり大きいのではないか。」というもの。
当時はこの仮説にもそれなりの信憑性があったのです。でも、こちらの記事で示したように高分子の比熱は水に比べれば大した値ではありません。どうも「高分子説」が真相、ということはなさそうです。
第二の仮説は「とろみ」そのものに注目したもの。「熱々であることを感じるのはあくまでも人間の、おそらく舌であろう。さらさらスープととろみスープとを比べると、例え同じ温度、比熱であったとしてもとろみスープは舌に粘り付いてより効率的にその熱を伝えるに違いない。その結果、人間はとろみスープを熱々であると認識するのだ。」これは「感受性仮説」とでもよびましょうか。
まあ、「感受性仮説」で主張されるような効果が全く無いとは言えませんが、でもそれが主要なのかというと、どうでしょうか。そもそも熱さを感じるのは舌だけでは無いですよね。
さて、その場での議論はそのままになってしまったのですが、この話には続きがあります。しばらく後で大学の先輩に、この「とろみスープ熱々問題」を説明する有力な仮説を教えてもらったのです。
一緒にラーメンを食べていたときの会話で「とろみスープ熱々問題」について触れると、すぐに教えてくれました。「とろみのついたスープは熱対流(自然対流)が起こらないので冷えにくいのだ」という説明。「熱対流(自然対流)説」です。
なるほど、これはありそうな話です。良く熱対流の例として「暖かい味噌汁の中で自然に流れが生じる」ことが挙げられます。表面近くの汁はどんどん冷えるのですが、そのために密度が上がる。結果、重い汁が上に、軽い汁が下にあるという不安定な構造が出来上がって上と下の汁の入れ替わりが生じるのです。
味噌汁の温度に注目してこの現象をみてみると、冷えた汁がどんどん熱い汁と入れ替わるということ。一番冷えやすいところに常に熱い汁がやってくるのですから、味噌汁を冷やす、あるいは味噌汁から熱を逃がすためには非常に効率的な動きですよね。
とはいえ、温度差によって生じる密度の差はそんなにおおきくはない。とろみがあるスープではその対流が止まってしまう、というか、そもそも起こらない。このため冷えるのが遅くなるのですね。
野菜うま煮は作ったときのまま冷えずにテーブルに運ばれてくる。どうやら、これが「野菜うま煮熱々問題」の真相の様です。
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