トリチェリの真空は真空なのか(江頭教授)
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先にこちらの記事で紹介した「Torr」という圧力の単位の語源となった人物、Evangelista Torricelli(エヴァンジェリスタ・トリチェリ)、彼の行った実験は一方の端を封止したガラス管に水銀を満たし、同じく水銀を満たした容器に立てると、760mmまでしか水銀が上昇しない(というか、760mmまでは水銀が上昇する)というものでした。この実験のこと、あるいはこの実験で760mmより上のガラス管内にできる空間のことは「トリチェリの真空」と呼ばれています。
なるほど、気圧で水銀柱が押し上げられる。これと同等の現象は、お風呂に浸けた洗面器を裏返して水面から持ち上げようとしたとき、水の重さを感じることで子供時代に実感したひとも多いのでは。でも押し上げられる高さに限界がある、とういことにはなかなか気が付きません。それはそうでしょう。密度の高い水銀ならともかく、普通の水で同様の「真空」ができるには約10mの高さが必要なのです。
もっと言うと約10mの高さにできた「真空」も本当の真空とは言えません。想像してみてください。密閉された容器の中に水をいれたコップをおいて、どんどん減圧してゆくとどうなるでしょうか?水の温度に相当する飽和蒸気圧まで容器内の圧力が下がった時点で水は沸騰し始めるはずです。(温度が100℃なら減圧しなくても大気圧で沸騰しますね。)もしガラス管の封止された端が本当に真空になったなら、そこに接触している水は沸騰してしまうはず。実際には「真空」にはその温度での飽和蒸気圧に相当する水蒸気が満ちていることになります。
この辺の事情は水銀を用いたトリチェリの真空の実験でも同じです。「真空」とは言うものの本当は「その温度における水銀蒸気」が満ちているのです。
とはいえ水銀の蒸気圧は非常に低い。たとえば20℃での水銀蒸気の飽和蒸気圧は 1.7×10-7 Pa という極めて小さな値です。(おなじ温度での水の蒸気圧は 2.34 kPa でまさに桁違い。)
さて、このようにトリチェリの真空は本当は真空ではないのですが、この実験が行われた当時には真空であると認識され、そのことには大きな意味があったのです。古くからの自然観では「自然は真空を嫌う」と考えられていて、水銀柱が上昇するのも「真空」をつくらないためだと説明されていたのです。もしその通りなら水銀柱はどこまでも上昇するはずなのですが、実際には限界があったのですね。
もし、当時の人々が今の我々のように「トリチェリの真空」が本当には「真空」で無いことを知っていたらその後の科学の歴史はどうなったのでしょうか。そんな事を思わず想像してしまいます。
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