1970年代にサステイナブル工学があったとしたら(江頭教授)
| 固定リンク 投稿者: tut_staff
先日の記事にも書きましたが昔の日本では「公害問題」が大きな関心を集めていました。昔、というのは曖昧ですね。公害対策基本法が成立したのが1967年、それに基づいて「水質汚濁防止法」などが成立したいわゆる公害国会が1970年の国会のことですから、まあ1970年代の日本といっておきましょう。(正直に言うと昭和40年代といいたいところなのですけどね。)
さて、この当時にはもちろん「サステイナブル」なんて言葉は使われていませんでした。「サステイナブル社会」や「サステイナブル工学」もまた然り。いや、まあ、英語には "sustainable" という言葉はあったと思います。でも、今私達が使うような意味では使われていなかったはずです。
で、タイトルのお話。もし1970年代に「サステイナブル」という言葉があって、今のような意味で使われていたら、という事を考えてみたいのです。
「サステイナブル工学」を「サステイナブル社会実現のための工学」と捉えることにしましょう。なら、1970年代に社会をサステイナブルで無くするもの、社会の持続性を妨げるものはなにでしょうか。おそらくは公害問題がそれだったのではないか、そう私は思うのです。
だとすると1970年代のサステイナブル工学は公害防止のための工学だ、ということになりますよね。
さて、ここで先の記事「誰が公害問題を解決したのか?」に戻ってみたいと思います。公害問題を提起したのはジャーナリズム、解決のための法的枠組みを提供したのは国会議員たち。そして解決するためのイノベーションを実現したのは当時のエンジニア達でした。
1970年代にサステイナブル工学を学ぶ人たちは、たぶん最後に挙げたエンジニアとして公害問題の解決に尽力し、それによって公害問題という人類の危機を退け、社会をよりサステイナブルに近づけた、と評価されたに違いありません。
翻って2025年のサステイナブル工学はどうなるのでしょうか。公害問題の解決の事例が私達に一つの道筋を示していると思いませんか?
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