1950年代にサステイナブル工学があったとしたら(江頭教授)
| 固定リンク 投稿者: tut_staff
えっ、昨日の記事と同じだって?いえいえ、よく見てくださいよ。1970年代じゃなくて1950年代になっているでしょう。今回の記事では1970年代からさかのぼって1950年代に「サステイナブル」という言葉があって、今のような意味で使われていたら、という事を考えてみましょう。
で、1950年代に社会をサステイナブルで無くするもの、社会の持続性を妨げるものはなにだったのでしょうか。私は1950年代には生まれていなかったので実感をもって語るわけには行きません。でもかなり確信をもって言えるものがあります。「核兵器」つまり核戦争による人類の滅亡こそ、社会を持続不可能にする(そりゃ、滅亡なら持続もクソもありません)恐怖の対象だったのではないでしょうか。
広島・長崎に世界初の原爆が投下されたのが1945年、1949年には早くもソ連(いまのロシア)による原爆実験が行われたといいます。アメリカは1952年に水爆実験を成功させ、ソ連も1953年にそれに続きます。あっという間に世界は核兵器に溢れてしまいました。人類の歴史で、おそらくはじめて人類は自らを完全に滅ぼすことが可能な技術を手に入れたのでした。
さて、前回の公害問題同様、この核の脅威という問題がどのように解決されたのかを考えてみると……解決されてないのでは!
自分の考えを振り返ってみると、10年前、いえ5年前でも核の脅威は過去のもの、と言ったかもしれません。
冷戦を戦った(いや、戦ったと言えるのかどうか)東西陣営のうち、東側諸国の経済は完全に行き詰まり、中心的な存在であったソ連は崩壊。冷戦は西側(アメリカ合衆国、そして我々日本も)諸国の勝利で終わりました。冷戦の終結によって世界核戦争の危機は回避されてめでたしめでたし、とまあ以前の私は本当にそう信じていたのです。
もしこのストーリーを今でも受け入れるとしましょう。だとすると、冷戦は全面核戦争がもたらす悲劇を人々に警告したジャーナリズムと、それによって盛り上がった世論によって突き動かされた議員を始めとする政治家たちの決断によって回避されたのでしょうか。
いやいや、もしそうならなんで先にソ連が崩壊したのでしょうか。冷戦の終結は共産主義(社会主義)体制と市場主義体制の2つの経済体制の間の生存競争であり、計画経済をベースとした社会主義の東側陣営が競り負けたのだ、という考えの方が受け入れやすいでしょう。
ここで冷戦終結の立役者の登場です。西側諸国で市場売れるものを作るためにイノベーションをくり返した名も無き無数のエンジニア達が築いた豊かな西側諸国の生活こそが貧困に喘ぐ東側諸国の人々の戦う意志を挫き、冷戦を終結に導き、そして核戦争の脅威を過去のものとしたのです。
うーん、なんか今回は格好良くまとまらないですね。そもそも核戦争の脅威はまだ本当には解決されていないのですから。
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