« 「ちょっと深呼吸」いや、「深吸呼」じゃないか?(江頭教授) | トップページ | 原爆と水爆、どちらが「脅威」か(江頭教授) »

映画「ゴジラ」の描く核の脅威(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 先日このブログ(こちらの記事)で話題にした映画「ゴジラ」。これは1954年公開の第一作です。そもそも「1950年代にサステイナブル工学があったとしたら」という記事で、1950年代に多くの人々が感じていたであろう核の脅威について考えたのですが、その反映として当時ヒットした映画である第一作ゴジラを思い出した、という次第で取り上げました

 先日の記事で書いたとおり、この映画で描かれる「核の脅威」は、今の私がその言葉から連想する広島や長崎の原爆による被害とは少しずれている感じ。どちらかというと、映画公開の1954年11月当時に話題になっていたであろう同年3月の第五福竜丸事件とその原因になった水爆実験の方が意識されていたのではないかと思いました。

 終戦から9年。当時の日本人にとって広島・長崎の原爆の記憶はすでに過去のものであり、映画公開の半年ほど前に起こった第五福竜丸事件の方がホットな話題だったのでしょうか。あるいは当時の人々にとって原爆の記憶はまだ癒えていない心の生傷であり、映画にすることはできなかったのでしょうか。今の私には知るすべのないことです。

 さて、前の記事でも触れましたが、この映画では核の脅威が別の形でも表現されていると私は思っています。それは、ゴジラを倒す超エネルギー兵器「オキシジェン・デストロイヤー」の開発者である芹沢博士の物語です。

Photo_20251006211501

 ゴジラによる襲撃により甚大な被害をうけた東京。その描写は明らかに戦中の空襲の被害を模したものでしょう。ゴジラをこのままにしておけば再びこの惨劇が繰りかえされる。ではどうやってゴジラを倒すのか。

 そこで登場するのが超兵器「オキシジェン・デストロイヤー」です。この「オキシジェン・デストロイヤー」が唐突に登場し、ゴジラを倒してめでたしめでたし。もしこんなストーリーであったなら、この映画はこれほどのヒット作にはならなかったでしょう。そして後のゴジラシリーズも存在しなかったのではないでしょうか。

 この映画では、「オキシジェン・デストロイヤー」は原爆、水爆につづく新たなエネルギー兵器であり、同時に原爆、水爆につづく人類の存続に対する脅威であることが示されます。

「オキシジェン・デストロイヤー」を使えばゴジラを倒し、その被害から人々を救うことができる。しかし「オキシジェン・デストロイヤー」の威力が白日の下にさらされれば、人類に対するあらたな脅威を世界に解き放つことにもなる。「オキシジェン・デストロイヤー」の発明者であり、その製法を知る唯一の人間である芹沢博士はその矛盾に葛藤します。そして下した決断は……実際に映画をみて確かめて頂きましょう。

江頭 靖幸

 

« 「ちょっと深呼吸」いや、「深吸呼」じゃないか?(江頭教授) | トップページ | 原爆と水爆、どちらが「脅威」か(江頭教授) »

書評」カテゴリの記事