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大学で学ぶのは「緊急じゃないけど大切なこと」なのでは(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 昔、いわゆるビジネス書(たしか「7つの習慣」スティーブン・R. コヴィー著 だったかな)で以下のような話を読んだ記憶があります。

私達がこなすべき仕事を重要性と緊急性で4つに分類してみよう。「重要で緊急」な仕事からすぐ取りかかるべきだ。「重要でもないし緊急でもない」仕事は無視して構わない。残った時間は「重要ではないが緊急」な仕事に費やされがちだ。では「重要だが緊急ではない」仕事はどうなるのだろう。この「重要だが緊急ではない」仕事がおろそかになることが、後々ビジネスマンの仕事やキャリアに大きくマイナスの影響を与えている。

正確かどうか心許ないですが、私はこのように読み取って感銘を受けたものです。

 さて、なんでこんな話を急に思い出したのか。それは私の授業「サステイナブル環境化学」を受講している学生さんに書いてもらった環境問題についての短文を読んでいた時のことでした。具体的な内容については述べるのは別の機会に譲るとして、全体として「問題を必要以上に深刻に受け止める」というバイアスがかかっているのではないか、そんな印象を持ったのです。

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 公害問題など、すでに歴史になっていることは別として学生諸君が目にする環境問題の情報の殆どはマスコミが報道したことでしょう。では、マスコミはどんな環境問題を報道するのでしょうか。

それは重要な問題を報道しますよね。

確かに。でも、緊急性についてはどうなのでしょうか。報道側からみれば速報性となるのでしょうか。ニュースとして報道する内容は文字通り「new」なことが求められているのでは。つまり何か状況の変化があるものが優先的に報道の対象になるのでしょう。

 だとするとニュースとして報道されるのはまずは「重要な状況の変化」であり、つぎは「(それほど)重要ではない状況の変化」についての情報です。でも、これは報道機関の都合、というか特性の問題ですよね。普段からマスコミは「重要な問題を報道する」と考えている人は「それほど重要でもないが、状況に変化のあった」事項を、本当に重要な問題である、と錯誤してしまうのではないでしょうか。

 要するにニュースに流れてくる「環境問題」はどれもこれも重要そうに見えるのです。それが本当はどの程度の重要性をもっているのか。私の「サステイナブル環境化学」の授業を受けている学生さん達には、自らその判断をして欲しい。そう思って授業を進めているのです。

 

江頭 靖幸

 

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