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真剣勝負なのにずっと引き分け、それが何年も続くなんてあり得ますか?(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 新型コロナウイルスによる感染症、いわゆる「コロナ」が話題になり始めたのは2019年末辺りだったでしょうか。当初は致死率も高く、非常に高い伝染性によってコロナ禍という世界的な事件を引き起こしました。

 このブログを読んでいるあなたが高校生だとしたら、いや、高校生だとしてもコロナ禍とそれによる世の中の大混乱はよく覚えているのではないでしょうか。私などはこのCOVID-19以前のSARSやMERSなどの病原性ウイルス出現の事例を思い出して「まあ、何とかなるだろう」程度に思っていたものです。でも、その後の展開は皆さんご存じの通りに。

 さて、このCOVID-19のパンデミックが深刻化したのはこのウイルスの高い感染性が原因です。それは潜伏期間が長く、そして症状を自覚する前に他人にウイルスを感染させてしまう、というこのウイルスの特徴に基づくものでした。ウイルスに感染した人が、自分の感染に気が付く前にいろいろなところに出かけ、多くの人に接触してしまう。それが新たな感染者を増やすことにつながるのです。

 ではこの長い「潜伏期間」はどのくらいの期間だったのでしょうか。中国の武漢で発見された最初のCOVID-19では「平均5.6日。最長で14日間」だったとか。なるほど。潜伏期間は5.6日や2週間でも「長い」部類なんですね。

 ここで前回までのストーリーに戻りましょう。牛に発生する病気BSE(牛海綿状脳症)について。その潜伏期間は4~6年程度だとされています。えっと、書き間違いではありません。4~6「日」ではなく4~6「年」です。COVID-19の100~300倍ほど。桁違いの長さなのです。

 これ、BSEの病原体が実はウイルスでも細菌でもなく、異常プリオンと呼ばれる一種のタンパク質である、というBSEの特徴が原因です。「異常」プリオンと呼ぶくらいですから、もちろん正常なプリオンもあります。そして正常なプリオンは牛の脳に、中枢神経系、末梢神経系、さらに低レベルであれば身体のあらゆる部位に存在しているのです。それどころか牛以外の哺乳類、たとえば人間にも存在します。BSEの病原体である「異常プリオン」はそんなありふれたタンパク質である(正常)プリオンが変質したものなのです。

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 BSEの病原体が自身の持つタンパク質が変質したものだとして、それの何が問題なのでしょうか。

 大いに問題です。なぜなら牛の免疫系は病原体である異常プリオンとその元となる正常なプリオンの区別が付かないのです。(いや、生物のことですから「はほとんど区別が付かない」としておきましょう。)つまり牛の免疫系はBSEに対して無防備だ、ということになります。

 もしあなたが細菌やウイルス、たとえばCOVID-19のウイルスだったと想像してください。あなたは未開の大地、あらたな人間の体に到達しました。この新天地に家を作り家庭をもって子孫を増やして……おっと、ここで免疫系の襲撃!無残に殺されるあなたの子供達。なんたる悲劇。なんたる非道。あなたは決意します。ああ、泣いていても仕方がない。強くなろう、私は強くならなくてはならない。次の襲撃までにはもっと子孫を増やして戦力を整えるんだ。そしてあなたと一族たちは免疫系との新たな戦いに。

 とまあ、全米が泣くようなストーリーが展開されるのですがラストは2択です。あなたもあなたの子孫も免疫系に一人残らず殺されてしまうバッドエンド。あるいはあなたたちが免疫系の攻撃を跳ね返しその体を支配する、というハッピーエンド(いや、病人の方はハッピーじゃないよ!)。

 ラストは2択ですよね。タイトルにもありますが真剣勝負なのにずっと引き分け、それが何年も続くなんてご都合主義的な展開があり得ますか、という話です。でもいわゆる「潜伏期間」というものはこの例え話での「引き分け」が続いている期間のことなのです。

 つまり通常の病原体、細菌やウイルスは常に免疫系の攻撃を受けていますから、十分な増殖速度を持たないものは消滅してしまうのです。(先の例のバッドエンドですね。)病原体が発症に至る(ハッピーエンド?です。)ためには免疫系の攻撃を上回る増殖速度がなければならない。では両者の差がぴったり0、から少し上でずっと安定している、なんてことがあり得るのでしょうか。免疫系の働きは、それこそ体温でも変化するようなものですから、その変化に延々と(それこそ何年も)追随しつつ、その上で増殖しすぎることもない、なんていくら何でも偶然過ぎますよね。

 このような理屈で免疫系が反応できる病原体の潜伏期間には自ずと限界があるのです。つまり潜伏期間の長さは病原体だけでなく免疫機構の能力にも依存していて、潜伏期間が短い方は病原体の性質次第ですが、潜伏期間が長い方は免疫系の性能で決まってしまうのです。

 では免疫系が反応しない病原体、つまり「異常プリオン」の場合はどうなるのでしょうか。非常に遅い増殖速度であっても免疫系に襲われる心配がないのですから、長い年月をかけてすこしづつ増えていくことができる。これがBSEの異常に長い潜伏期間の原因なのですね。

 さて、問題はただのタンパク質、それも牛の体にもともと存在したタンパク質がどうして「増殖」するのか、という話です。つまり異常プリオンはどのように「異常」なのか。それについては次回の記事で解説しましょう。

 

江頭 靖幸

 

 

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