書評

「日本の文系大学院卒の就職率が学部卒より低いのはなぜ」なんだろう?(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 ニューズウィーク日本版については以前このブログで記事を書いたことがあります。その際は雑誌(とはいえ電子版)についてのお話しだったのですが、今回はニューズウィーク日本版のWEBサイトの記事について書きたいと思います。記事のタイトルは

日本の文系大学院卒の就職率が学部卒より低いのはなぜか?」というもの。

 日付は2023年11月1日(水)11時30分となっています。著者については…敢えてここでは書かないことにしましょう。

 私も大学関係者の一人なので、この様なタイトルがあると気になってしまいます。で、その内容について。まず、議論の元になるデータは文科省の「学校基本調査」(2022年度)です。そして大学学部卒業生の就職率と修士課程修了生の就職率との比較を行っています。

 そして学部卒業生の就職率とくらべて修士卒の就職率は微減するとのこと。さらに理工系は大学院に進んだ修士の方が就職率が上がるのに対して、文系、とくに人文科学、社会科学では下がってしまうことを示しています。

 ここまではデータです。で、その後に「何故か」の説明があるのですが、結局企業が求めるのは「(大学院が向上させる)学力や能力」を発揮する人材ではなくて「従順な労働力」なのだ、としています。

 うーん、それってあなたの感想ですよね。

とまあ、あきれたのですがそれでわざわざブログを書こうとは思いません。私が問題だと思ったのはその続きの部分です。

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書評 ジェニファー・D・シュバ著「米国防総省・人口統計コンサルタントの 人類超長期予測」(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 今回は人口問題に関する書籍を紹介しましょう

書評 ジェニファー・D・シュバ著「米国防総省・人口統計コンサルタントの 人類超長期予測」

サブタイトルには「80億人の地球は、人口減少の未来に向かうのか」とも書かれています。

 さて、本ブログでは以前にも人口に関する書籍をいろいろと扱ってきたのですが、先に「人口爆発が騒がれなくなったのは何故か?」という記事に示したように私はどうやら「人口爆発」は起きそうもない、という立場です。

 貧しい状態(多産多死の状態)の社会ではたくさんの子供を産むことが必要(でないと次の世代がいなくなってしまう)ですが、社会が豊かになるとその必要性はなくなる。タイムラグはあるものの人々は敏感に反応して出生率が減少し、やがて新たな状態(少ない子供が必ず育つ)へと移行してゆく。

基本的にはこのように考えています。

 さて、今回紹介する「人類超長期予測」にはいろいろなトピックスが紹介されているのですが、大きなポイントとして上述のプロセスが必ずしも予想通りに進行する訳ではない、という指摘が成されています。具体的にはサハラ以南のアフリカの諸国で、これらの国々では「子供が死なない程度の発展」はあったが「出生率が減少」するほどには豊かになっていないという状況にあることが指摘されています。結果、局所的な人口爆発(制御不能な人口増化)が起こっており、毎年増え続ける子供達が、そしてやがては毎年増え続ける就職年齢に達した若者達が社会にどんどん参入してくることになるのです。人手不足の日本からすれば夢の様な状況ではあるのですが、そんなに質の高い(要するに高給の)職を準備することができるのでしょうか。若者の失業率が高くなれば自ずから社会は不安定化し、それがまた出生率を高止まりさせる…。Photo_20230907183501

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書評 小山 敏行著「熱力学きほんの「き」」(江頭教授)

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 今回紹介するのは熱力学の教科書です

小山 敏行著「熱力学きほんの「き」」(北森出版 2015)

さて、この教科書の第3章は理想気体について。理想気体の状態方程式と、その中の記号についての説明にこうあります。

Rは気体定数[J/(kg・K)]

あれっ?気体定数の単位が違う様な…。

しかも、次のページの表3.1には「気体の分子量と気体定数、比熱(101.3kPa、298K)」というタイトルになっていて、気体としてヘリウム、水素、窒素、酸素、空気がリストアップされ、それぞれの気体の気体定数が示されているのです。

あれっあれっ?気体の種類によって気体定数が違うだなんて、どうなっているんだ、この教科書は!

 もう皆さんお気づきのことでしょう。この教科書は熱力学の教科書。でも「化学熱力学」の教科書ではないのです。

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藤子・F・不二雄SF短編「定年退食」(原作漫画)(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 NHKがドラマ化した藤子・F・不二雄SF短編の一つ「定年退食」について書いてきたのですが、今回はその原作、藤子・F・不二雄氏自身による漫画作品について触れましょう。今回のNHKのドラマ化は原作にかなり忠実なのですが、それでも肝心なところに違いがあるのでは、というお話です。

 まず、「定年退食」の漫画原作は1973年の作品で今から50年前(半世紀前!)に書かれました。この年には第4次中東戦争に端を発したオイルショックが起こっていますから、資源不足の影響が物価高を通じて多く人々に実感された時期なのかも知れません。(私は子供だったので物価高を実感することはありませんでしたが…。)過去に書かれた多くの作品がそうである様に、この作品にも(ストーリー内で描写された時代ではなく)漫画が書かれた時代の雰囲気がタイムカプセルの様に封印されています。

 今回のドラマとこの原作漫画を比べて違っている点の一つとして、主人公(老人)の友人、吹山(これも老人)の孫(こちらは若者)の描写、それも見た目の描写があります。

 実は吹山(青年からみれば祖父)も、その息子(青年からみれば父)も長髪で、髪の毛を短くした青年を「親からもらった髪を短くするとは何事か」と責めるのです。この物語の世界では長髪であることが真っ当な人間の身だしなみであり、それに不満で髪を短くして抵抗の意思を表現する若者達は「無髪族」と呼ばれているのです。

 2023年の現在では、この「無髪族」の設定はあまりインパクトのあるものではありません。でも、原作漫画が発表された1973年ごろの世相を前提に考えれば「無髪」は「長髪」の裏返しなのだ、という点に気が付きます。

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NHK 藤子・F・不二雄SF短編ドラマ「定年退食」(ドラマ編)(江頭教授)

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  藤子・F・不二雄氏のSF短編漫画を原作としたドラマがNHKで放送されている。その一本「定年退食」について私見を述べたい、というのが前回のお話。でも肝心のドラマは4月16日に放送済。うーん、これは何とかならないかと思いましたが再放送の予定もないとか。でも調べてみるとNHKオンデマンドで見ることができるそうです。

 で、そのサイトに載っていた出演者一覧を見てびっくり。このドラマの主人公を演じているのは加藤茶氏なんですね。加藤茶氏はもとドリフターズの中心的なメンバーで昔は子供達に(というか僕たちに)大人気でした。今は80歳くらいのお年なのでしょうか。そして主人公の友人「吹山」(ほら吹きで山師、という意味かな?)を演じているのは井上順氏。もとザ・スパイダーズのメンバーですが、子供達に人気…ではなかったですね。(もうちょっと年上の人たちに人気でした。)井上順氏も今は70代後半のはず。

 このドラマ、お年寄りが主演なのはたまたまではありません。老いがこのドラマのテーマに大きく関わっているのですから。

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(後半には「定年退食」のネタバレがあります。)

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NHK 藤子・F・不二雄SF短編ドラマ「定年退食」(紹介編)(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 藤子・F・不二雄氏といえば日本人なら誰もが知っている、と言って良いほど有名な漫画家。ちょっとオーバーですか?なら「ドラえもん」の作者ですと言えばどうでしょう。それこそ日本人なら誰もが知っている人ということになりますよね。

 藤子・F・不二雄氏は相棒の藤子・A・不二雄氏とのコンビで藤子不二雄と名乗っていた頃から子供向けの漫画で大ブレイクしていた漫画家です。私の子供の頃にも「オバQ」こと「オバケのQ太郎」やスーパーマンじゃなくて「パーマン」などがテレビで流れていて(あの頃はアニメーションと言わずにテレビ漫画と呼ばれていたものです)子供達(というか僕たち)に大人気でした。

 とはいえ、藤子・F・不二雄氏の作品は子供向けだけではありません。大人向け(うーん、自分は大人だと思っている青少年向けかも知れませんが…)のSF短編漫画も数多く描いているのです。そして「SF」は普通は「Science Fiction」のことですが、ここでは「(S)少し(F)不思議」な物語、といった意味合いだと言います。

 さて、そんな藤子・F・不二雄氏の少し不思議な短編漫画がドラマ化されてNHKで放送されていました。今回はその中で私が気になっている作品「定年退食」について紹介しましょう。

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(後半には「定年退食」の内容についてのネタバレがあります。)

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NHKクローズアップ現代「FIRE」特集を見た(江頭教授)

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 「クローズアップ現代」は話題のトピックスについて掘り下げて紹介するNHKの30分番組で、「心に刺さるジャーナリズム」をキャッチフレーズにしています。今回は2023年4月12日放送の「私たちはなぜ働くのか 投資&倹約で生きるFIRE生活」について少し私見を述べさせてください。というか、ツッコミを入れさせてください、ですかね。

 まず「FIRE」とは。Financial Independence, Retire Early(金融独立、早期退職)の略で、最近人気が高まっているライフスタイルの一つです。FIREの目的は、節約し、投資を行い、早期に働くことから解放されることで、自分の時間や人生のコントロールを取り戻すことです。

 番組の中では説明されませんが、「fire」という単語には「解雇する」という意味があります。(「You're fired!」はトランプ前米国大統領が大統領になる前に出演していた番組の決めセリフだったりします。「おまえは馘だ!」ですね。)ですからこの「FIRE」という略称はある種の皮肉なのです。(「馘だって!だったら独立独歩、早々に楽隠居生活だぜ。」みたいな。)

 さて、今回の番組では主に3人の人物が「FIRE」の実践者として紹介されます。

 一人目は働き盛りというか中年というか。なかなか恵まれた「FIRE」生活を送っている方。20件近い不動産を所有してその賃料で暮らしていて、そのための借金も順調に返済しているとか。うん、あの、この人「Retire」して無くないですか?

 お金を借りて不動産を買って、それを貸し出して賃料を稼ぐ人、というのは現役の「不動産投資家」です。私にはこの人は「FIRE」した人ではなくて「脱サラして不動産投資家になった人」にしか見えないのですが…。

 次の人は徹底した倹約生活を送っている若い人。なるほど使うお金が少なければ「FIRE」生活の実現可能性も高まるというもの。吉田兼好やソローとは言いませんが、古より「清貧」を尊ぶという考えはありました。でもこの人、実はまだ「FIRE」できてなくて、目指している段階だとか。なんか節約が趣味になっている様にみえるのですが、はて本当にEarlyにRetireできるんだろうか。

 そして最後の3人目。「FIRE」生活を送ることで自分を見つめ直し、逆に仕事に意義を見いだしたとかで、意欲を取り戻してまた働き始めるのだとか。結局この人もRetireを断念していてるし、番組で紹介された人、だれもRetireしていないのでは。

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映画「ソイレント・グリーン」の描くディストピア(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 映画「ソイレント・グリーン」は1973年に公開されたアメリカの映画です。

 舞台は2022年のニューヨーク市。人口は4000万に膨れあがり(ちなみに実際の2022年のニューヨーク市の人口は800万人程度でした)、食料をはじめ多くの物資が不足するこの大都市で、巨大企業ソイレント社が新たに開発した高エネルギー食料、それが「ソイレント・グリーン」でした。しかし、その「ソイレント・グリーン」には恐るべき秘密が隠されていて、主人公の刑事(チャールストン・ヘストン)はソイレント社の役員の殺人事件を追ううちにその秘密を知ることになる、という筋立てです。

 ここではソイレント・グリーンの秘密についてのネタバレはなしにしましょう。今回は、この物語の背景である荒廃した未来のニューヨーク市でイメージされているディストピア(ユートピアの反対。悲惨な未来。)について考えてみたいと思います。

 本作の大きな見所の一つは配給される「ソイレント・グリーン」を手に入れようと集まった群衆に対して、十分な量の「ソイレント・グリーン」が配給できなかったことによって起こる暴動騒ぎのシーンです。主人公たち警察は最初は暴徒に圧倒されますが、やがて到着した暴動鎮圧部隊の特殊車両(トラックにパワーショベルが取り付けられたもの)が暴徒を根こそぎにしていきます。十分な食料を得ることができないうえに、まるで物のように扱われる人々の姿、これが悲惨な未来として描かれています。

 その一方で贅沢なマンションで暮らす一部の特権階級の姿も描かれています。ただし、彼らが嗜む贅沢品も、萎びたセロリに矮小なリンゴ、そして一切れの牛肉に過ぎません。それでも家もなく、アパートの番人(銃を持っています)のお目こぼしで出入り口の階段に折り重なるようにして寝泊まりしている貧民たちと、その生活は雲泥の差です。ここで描かれているのは物資不足のうえに、極端な貧富の差のある世界なのです。

 さて、私がこの映画を見たのはテレビ放送なので公開の数年後、おそらく高校生ぐらいのころだったと思います。今回、DVDで見直してみたのですが、このディストピアの描かれ方が、高校時代とは違って見えるようになっていました。

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書評 アーサー・C・クラーク著「渇きの海」(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 「渇きの海」は著名なSF作家、アーサー・C・クラーク氏の作品で観光用の遊覧船の遭難事故とその乗客達の救出劇を描いた小説です。とはいえそこはSFの巨匠が描く作品。実はこの遭難事故の舞台は月面。人類が月面に進出し、恒常的に人が滞在する基地が造られている近未来を舞台とした物語なのです。

 この作品、発表されたのは1961年とのことで、すでに62年前の作品です。当時はアポロ計画が発表されて月に対する興味・関心が高まっていた時期だと思われますが、逆に言えばまだ月着陸した宇宙船がない時代。ですから、本作の月は各種観測データからの推察に基づいてクラーク氏が慎重に想像し大胆に創造した世界だと言えるでしょう。

 その最たるものがタイトルにもなっている「渇きの海」。月には実は海があった、といった軽々しい夢物語ではありません。月の地表に堆積した微細な砂が窪地に集積し、あたかも水面のように平坦な表面を形成している場所が「渇きの海」と呼ばれているという設定です。微細で乾燥しきった砂はサラサラと流動するので砂より密度の高い物質を「渇きの海」に置くと沈んでしまいます。さらに、「船」の形をしたものを水面ならぬ砂面に浮かせることができる。スクリューを付けて推進させることすらできる、というのです。そこで造られたのが月の「遊覧船」。そして思わぬ突発的な事象によってこの「遊覧船」が月の砂の海に「沈没」してしまう。砂の中に閉じ込められた人々と彼らを救出しようと努力する人々とのドラマが始まります。

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久々に「朝まで生テレビ」を見た(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 「朝まで生テレビ」という番組は以下の図にもあるとおり1987年から続いている討論番組。もう35年も続いているということで、私も以前(もう10年以上まえだと思います)に見ていた記憶があります。このお正月、というか大晦日の深夜に放送していたのですが特に興味もなく見落としていました。ところがなんの都合だか分かりませんがレコーダーに録画が残っていたので一応、最初だけ再生してみました。

 あー、これ、この音楽だよ。昔から変わらないなあ。

 変わらないと言えば司会の田原総一朗氏。もう88歳だそうですが、未だに現役の司会者なのですね。

 そこで、まあ見なくても良いか、とも思ったのですが私の贔屓の小幡 績氏(慶應義塾大学大学院准教授)が参加しているというので、ながら視聴をすることにしました。

 この「朝まで生テレビ」は日本における討論番組の草分け的な存在。NHKの日曜討論よりもずっとライブ感があるというか、ホンネをぶつけあうようなスタイルが受けて結構人気があったと思います。私もきちんと追っかけていた時期があるのですが、いつの頃からか見ているとフラストレーションが溜まるようになって遠ざかっていたのです。

 さて、久々にこの番組を見ると、いや昔に比べて全然見やすくなっています。フラストレーション全くなし。「いつからこんな敬老番組になったんだろう。」

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