推薦図書

「日本沈没」の科学描写 1973年版 (江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 「日本沈没」という物語はもともとはSF作家、小松左京氏の1973年の小説です。このブログでは2021年のTVドラマ「日本沈没-希望のひと-」1973年の映画「日本沈没」について紹介したのですが、今回は両者を少し比較してみたいと思います。

 まず1973年の映画版の「日本沈没」から。

 「日本沈没」という物語が世の中に出てすぐに作られたこの映画では日本が海に沈む、つまり沈没する、というお話し、しかも比喩的な意味ではなくて本当に物理的に海に沈む、というお話しを馬鹿馬鹿しく感じさせないように説得力を持たせて描写する必要がありました。そのために、この日本沈没の「第一発見者」である地球物理学者の田所博士(小林圭樹氏が熱演しています)という人物に対する信頼感を観客に植え付けなければならない。この映画にはいろいろな工夫がされているのですが、その一つに政界の黒幕である渡という名の老人が田所博士の人物を見定めるために田所博士を呼び出す、というシーンがあります。

 緊張感溢れるシーンとなっていますが、「今年はツバメが来ない」という渡老人の問に答えて田所博士は「ツバメは例年の120分の1に減っている」「鳥だけではない、海を回遊してくる魚も大変動を起こしつつある」と答えるのです。

 この描写だけで映画「日本沈没」(1973)の田所博士が地球物理学という専門にとらわれず多くの情報をあつめ、系統的に整理していることがわかります。そして老人の次の質問とそれへの田所博士の答え。

「科学者にとって一番大切なものは何かね」「勘です」

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映画「日本沈没」(1973)(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 以前にこのブログで「SFパニックドラマの超有能なイケメン官僚に転生してしまった件」じゃなくて「日本沈没 希望の人」の感想、というタイトルで令和のTVドラマ版の「日本沈没」について紹介したのですが、今回は原作小説が出版された直後に制作された1973年版の映画「日本沈没」について紹介しましょう。

 高度経済成長に沸く1970年代の日本。好調な経済にもかかわらず、測定誤差が消えない地形測量、巣に返らぬツバメなど、一部の勘の鋭い人々は日本に起こっている異変に薄々感づいていた。地球物理学者の田所博士はそれらの事象を丹念に収集し、驚くべき結論を導く。近い将来、日本列島は海に沈む。未曾有の危機から日本と日本人を救うべく、D計画が今スタートする。

この映画、140分というやや長尺(そうでもないか)ではあるものの、映画というコンパクトな時間の中で「日本沈没」という大イベントを一気に描ききります。日常の中に不穏な雰囲気が忍び込んでくるサスペンスフルな前半こそやや丁寧な描写が行われますが、「日本沈没」が確定した後は一大ディザスター映画となり、最後の方はまるで映像スケッチの様です。リアルに描くことが難しい「日本沈没」という異常事態を敢えて克明に描写せず、視聴者の想像に任せた作りになっているのです。

 どうしても「日本沈没 希望の人」と比較になってしまいますが、正直、この映画というフォーマットが「日本沈没」を映像化するには一番相応しいのではないか、と思います。

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(推薦図書)野口 悠紀雄著 「「超」整理法―情報検索と発想の新システム (中公新書)」(1993/11/1) (江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 1993年の(偶然ですが)ちょうど11月出版の本なので、28年前の本ということになります。この当時、なんでもかんでも「超」という言葉を付けるのが流行っていたので、私のこの本のタイトルを見たときの第一印象は「また流行に乗って「超」とかタイトルにつけちゃって」というややネガティブなものだったような。ところが読んでみてビックリ。本当の意味で「超」整理法、整理を超越する、つまり整理をしない、というのがこの本の要点なのです。

 ちょっと話が先走りしましたね。この本はビジネスマンや研究者に向けて、自分のところに入ってくる情報を如何に整理して効率的にアウトプットにつなげるか、という方法・ノウハウについて書かれた本です。これに類する本は「知的生産の技術(岩波新書)」(梅棹忠夫著)をはじめとしていくつも出版されていました。先に「入ってくる情報」と書きましたが、当時のことなので情報は本当に物理的なかたちで入ってきます。要するに情報が印刷された紙がどんどん届いて処理しきれないで溜まっていく、さあどうしよう。という訳で書類整理のノウハウをもとめてこの手の本が読まれていたのですね。

 そこでこの「「超」整理法」なのですが、先ほども述べた様に「整理」という考えを越えた情報の処理方法を提案しています。

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推薦図書 ファラデー著 三石巌訳「ロウソクの科学」(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 「ロウソクの科学」は子供たちに科学への、というか化学への興味をもってもらうためにファラデー(あの、マイケル・ファラデーです)がおこなった実験つき講義を記録した本です。具体的には「1861年のクリスマス休暇に、ロンドンの王立研究所で催された連続6回の公演の記録である」と本書(角川文庫版)の「解説」(訳者、三石巌氏による)に記されています。

 内容はタイトル通り、まずは1本のロウソクからスタートします。ロウソクが燃えるときに起こっている現象の細かい観察からスタートして燃焼という現象・化学反応についての説明に進みます。ロウが蒸発して可燃性のガスとなること、しかし燃焼するためには支燃性のガス、つまり酸素が必要なこと。酸素を含まない空気では炎が消えてしまうことを実験的に示してゆきます。またロウソクから生じるすすに注目して炭素の存在を示し、それが酸素と反応すること、反応して二酸化炭素を生じること。生物(ここではファラデー自身)の呼気には二酸化炭素が含まれていることなども示されます。カリウム金属を使った水素の発生、水素の燃焼から水が生じることなどいろいろな化学反応の実験を手品のように面白く見せてゆくのです。

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科学者のたしなみ(片桐教授)

| 投稿者: tut_staff

 最近立て続けに、コロナ騒動関係のブログ記事を書いていたのですが、気がめいるので、少し違う話題をふります。

 私は車を運転する時にNHK第一放送のラジオをよく聞きます。最近は日曜日や長期休暇時に「子ども科学電話相談」をやっています。小学生が電話で大学の教員や博物館の学芸員に素朴な質問をぶつけるというものです。

https://www.nhk.or.jp/radio/kodomoqmagazine/

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 少し前の休日に興味深いやりとりを聞きました。質問の内容は、小学生の女の子の質問で、「自宅の紫モクレンはヒヨドリに食べられてしまいます。近くの公園の白モクレンは食べられていません。なぜですか?」というものでした。その問の回答者に指名されたのは鳥の専門家の先生でした。

 「そうだねえ、もしかしたら紫モクレンの花の方がおいしいのかもしれませんねえ。ところで、私の横にちょうど植物の専門家の先生がいらっしゃいます。先生、白モクレンに比べて紫モクレンの花はおいしいのでしょうか?」と、これはムチャ振りです。そのように問いを振られた大学院の教授先生は、慌てずに、「私はモクレンの花を食べたことがないので、わからないのですが、紫モクレンはおいしくありませんでした。」と答えられていました。

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世界の人々の暮らしがわかるWEBサイト「Dollar Street 」(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 世界の人々を「豊かな人と貧しい人」に二分するのは間違いだ。世界は急速に豊かになりつつあり、いま最も多いいのは中間の人たちだ、として世界の人々の生活を生活を収入に応じて4段階に分類する。これは以前紹介した「ファクトフルネス」の著者であるハンス・ロスリング博士が提案した考え方です。

 では、世界のそれぞれの経済レベルの人たちはどんな生活をしているのでしょうか。それを視覚的にわかりやすく示してくれるのが今回紹介する「 Dollar Street 」というサイトです。

 サイトのページには通り(ストリート)が描かれています。この通りの右側には収入(ドル基準です)が低い人が、左のほうには収入の高い人が住んでいると考えてください。このサイトでは日常生活のなかのいろいろな写真が収入順で4枚表示され、その収入のストリート内での位置がハイライトされます。写真には住まいの様子、家族のポートレート、家庭で使う道具など、本当にいろいろなものが写っています。その写真を見比べながら豊かな人、貧しい人、そして中くらいに人の生活を想像してみよう、というのがこのサイトの趣旨なのです。

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豊かな人、貧しい人-推薦図書「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」追記(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 先日こちらの記事で紹介した推薦図書「FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」、私の意見ばかりで本の内容の紹介がおろそかになっている様にも見えますので、今回はこの「ファクトフルネス」の印象深い内容について紹介しましょう。

 本書では我々の「世界は分断されている、非常に豊かな先進国と極めて貧しい途上国だ」という見方は「分断本能」によって作り出される思い込みである、としてよりリアルな世界の見方として世界の人々を収入毎の4階層に分ける見方が紹介されています。

 世界には非常に豊かな人と極めて貧しい人がいるのは事実なのですが、実は世界のほとんどの人はその中間にいる。2017年では非常に豊かなひとは約10億人、極めて貧しい人も約10億人だといいます。のこりの50億人はその中間にいる。この中間層を収入の上下で分けて四階層です。

 一番貧しいレベル1の人たちの収入は一日平均2ドル以下。(この金額は購買力平価で補正されています。)最低限の工業製品しか入手できないこの人々の暮らしはリアルな死の危険も覚悟する状態です。これが我々が漠然と描く「極めて貧しい人」のイメージに地番近い暮らしでしょう。この人達が世界に約10億人います。

 2番目のレベル2の人たちの収入は一日平均8ドルまでです。このレベルでの生活はそれなりの工業製品を入手していて、不安定ながら電気や水道のインフラにもアクセスできます。確かに貧しいのですが死の危険を意識することはありません。ただし、天候不順で凶作がつづけばレベル1の生活に逆戻りする可能性もあります。このレベル2の人たちは世界に約30億人います。世界で一番多いのはこのレベル2の人たちなのです。

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推薦図書 ハンス・ロスリングほか「FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 以前「世界が良くなっている事を示す すごい 映像」と題してこちらの映像を紹介しました。世界の200以上の国の人々の平均寿命と平均年収の200年間にわたる変化を4分間に凝縮したもので、「世界が良くなっている事」が分かり易く示されています。

 さて、この映像をBBCと協力して作成したのがハンス・ロスリング博士。スウェーデン出身の医師であり公衆衛生学者であり、今回紹介する「ファクトフルネス」の主著者です。

ハンス・ロスリング, オーラ・ロスリング, アンナ・ロスリング・ロンランド 著

上杉 周作, 関 美和 訳

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣(日経BP 2019)

 以前発展途上国、あるいはもっとあからさまに後進国と呼ばれていた貧しい国々の多くは今や大きく変革を遂げて豊かになりつつある。世界はこんなにも良くなっているのに多くの先進国の人々の意識はアップデートされずにいまでも世界の大半の人々が飢餓と隣り合わせの極貧生活に喘いでいると考えている。事実(ファクト)に目を向けず思い込みにとらわれているのは普通の人々に限らない。先進諸国の指導的な立場の人々もこの思い込みから自由ではないのだ。

 この問題意識は先の映像と同じです。しかし、この映像の様な教材による知識のアップデートを試みた後にハンス・ロスリング博士は「やがて知識のアップデートだけが問題ではないことに気づいた。」と言います。人々の心に「思い込み」が刻み込まれているのは単に新しい情報に接していないからではない。ものの見方に固有の傾向、本能のようなものがあり、それが正しい知識の受け入れを拒んでいるのだ。「ドラマチックな本能と、ドラマチックすぎる世界の見方」が偏った世界への思い込みを固定化している。このような思考の本能をただすための心得、それが「ファクトフルネス」なのです。

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教科書「サステイナブル工学基礎」(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 本学工学部の特徴の一つ「サステイナブル工学」の教育です。「サステイナブル○○」は最近各方面で聞くようになりましたが、工学と組み合わせた「サステイナブル工学」はまだあまり一般的にはなっていないように思います。

 さて、この「サステイナブル工学」教育ですが、授業としては2年生前期の「サステイナブル工学基礎」からスタートします。今回紹介する教科書「サステイナブル工学基礎」はこの授業で使用する教科書として作成したものです。

 ここで「サステイナブル工学基礎」の内容が以下にすばらしいかを説明したいところなのですがちょっと気が引けます。だって、私(江頭)も著者の一人に入っていますからね。

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「安全工学」の講義 番外編(図書紹介)(片桐教授)

| 投稿者: tut_staff

 2年生の講義「安全工学」担当の片桐です。今回は安全工学関係の図書紹介です。

 紹介する図書は、松永和紀「メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学」光文社新書(2007)です。

 私の「安全工学」あるいは前の大学での「環境安全化学」「安全化学」「工学安全教育」を受講された方は、片桐があえて社会常識は通念に反する事象を示し、それを考えさせていたことを憶えていらっしゃると思います。

 例えば、カーソンの沈黙の春がマラリア禍の再燃を招いたとか(ブログ2016.04.26)、二酸化炭素の増大は食料危機を防いでくれるかもしれないとか、農薬を使わない有機農法の野菜の天然農薬の危険性とか(ブログ2016.04.28)、イソフラボンは体に悪いこともあるとか、ポリ塩化ビニルは地球にやさしいとか(ブログ2015.12.08)…まあ、過激な意見をあえて示してきました。もちろん、私自身もそのような私の示す「意見」を異端として示し、学生さんたちには必ず疑ってかかることを要求します。私の講義では社会常識や通念を改めて安全−危険の俎上に乗せて、学生さんが「自分で取材し直し、自分の頭で考え、自分の意見を(レポートで)表明する」ことを求めたわけです。それと同時に、絶対的正義も悪もないことの理解を求めています。

 今回紹介するこの図書は、そのような社会通念に対する反論をまとめたような本です。著者の方は農学の修士課程の後に新聞社に勤められ、その後フリーの化学ライターになられた方です。

 この本に書かれた内容は、「事実」をもとに、そのようなニセ科学を生んだ社会構造にまで分析し,述べています。メディアのありかたへの批判、メディア・リテラシーの啓蒙書でもあります。今回、遅ればせながら私はこの本を読んで、講義に使えるネタをまたたくさん見つけることができました。

 しかし、人は自分の意見に真っ向から反対する意見、あるいは自分の利益を害するような意見を快く思いません。この本は社会の通念に反対している時点で、良書であっても売れない(売れなかった)本であろう、と推察します。

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