解説

金星の温室効果(江頭教授)

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 「温室効果が問題だ!」と言う人がいますが、では温室効果がなかったら地球はどうなっていたのでしょうか。太陽から来る光のエネルギーで暖められた地球から輻射熱(いわゆる赤外線です)としてエネルギーが逃げる、と考えてエネルギーバランスから計算すると地球の温度は零下20℃程度。ものすごく寒くて多くの場所は人間が生活するのには不向きな場所となってしまうでしょう。地球が現在のように適度に温暖な状態にあるのは、実は大気中の二酸化炭素や水(水も温室効果ガスです)の温室効果のおかげなのです。


 ですから「温室効果」そのものが問題ではありません。温室効果の度合いが変化する(それも人間活動によって)ことが問題なのですね。


 さて、この温室効果、一体どの程度までの温度上昇を起こすのでしょうか。地球を実験台にすることはできませんが、他の惑星と比較することは可能です。水星、金星、地球、火星を比較すると太陽に近いほど温度が高いと考えられるのですが、実は金星の表面温度は400℃程度で水星よりも高温なのです。金星では強い温室効果が起こっているからです。


 金星の大気圧は90気圧程度。その大部分は二酸化炭素です。水も存在しますが400℃ともなればこの大気圧でも完全に蒸発して気体になっています。濃密な二酸化炭素の大気と液体にもどることのない水による温室効果で400℃となった世界、金星では人間はとても生きてゆくことはできないでしょう。


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電子レンジでコップ1杯のお湯を沸かすには何分必要か?(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 電子レンジはとても便利。最近はコンビニで「レンジでチンして」食べる食品が売っています。そんな食品には大抵「500Wで○○分、1500Wで××分」などと記載があるのですが、ではそんな記述のないものを暖めるにはどのぐらいの時間が適当なのでしょうか。

 最も簡単な例として水を加熱してお湯を沸かす場合を考えて見ましょう。電子レンジで消費されるエネルギーが完全に水に伝わる、と考えればこれは熱の仕事当量(1g=1mLの水の温度を1℃上げるために必要なエネルギーの量です)を使って簡単に計算できます。

 まず電子レンジの出力が500Wだとすると1秒で500Jのエネルギーが水に供給されることになります。熱の仕事当量は4.19Jですから1mLの水なら500÷4.19 =119.3より、約120℃の温度上昇があることになります。おっと、これでは沸騰してしまいますね。逆に120mLの水なら1℃温度が上がる、と考えましょう。

 1分間=60秒なら120mLの水を60℃暖められます。水の初期温度にもよりますが、例えば20℃からスタートすれば80℃。いい加減のお湯ではありませんか?

 コップ1杯の水を、例えば180mLとすれば水の量は1.5倍。したがって500Wの電子レンジならコップ一杯で約1分半と言うことになります。

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未来のエネルギー源は再生可能エネルギーか(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 先日の記事で核融合炉開発の現状について紹介しました。核融合は事実上無尽蔵のエネルギーを供給できる可能性もっていますが、その実現には莫大な費用と時間が必要である。核融合は現在、あるいは近い将来には実用化できない、という意味で「未来のエネルギー源」だと言えるわけですが、では本来の意味で「未来のエネルギー源」、つまり遠い未来に社会を支える基盤とあるエネルギー源となるものは何でしょうか。

 遠い未来を想定しているので、枯渇性の資源である化石燃料は掘り尽くされるか、あるいは温室効果ガスの制限によって使用不能になるだろう、ここまでは前回に述べたことです。核分裂の利用、つまり原子力も同様で、ウラン資源の枯渇と共にエネルギー源としてはフェードアウトするはずです。(高速増殖炉が実用化されれば核分裂の燃料の資源量はぐっと大きくなるのですが、高速増殖炉も実用化に時間とお金がかかる技術ですね。)

 そう考えると未来のエネルギー源の候補は非枯渇性のエネルギー資源を利用するも、つまり再生可能エネルギー源に限られると言って良いでしょう。

 では、再生可能エネルギーとは具体的には何でしょうか。

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触媒としての水銀(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 水俣病の原因物質となったメチル水銀、この物質が当時のアセトアルデヒドの製造プロセスで使用された水銀触媒から発生したものだった、という話を先日こちらのブログ記事で紹介しました。現在のアセトアルデヒド製造プロセスでは水銀触媒は使わない、ということも併せて紹介しましたが、では水銀触媒は現在まったく使われないのか、というとそうでもないのです。

 環境省の”「水銀に関する水俣条約」の概要”という資料をみると、世界での水銀需要の20%が「塩化ビニルモノマー製造工程」で使用されていることが分かります。(同資料には13%が「塩素アルカリ工業」で使用されていることも記されています。これは水銀法による食塩の電気分解に対応していますが、日本ではすでに全廃されています。)

 水銀のリスク低減を目指す「水俣条約」では

塩化ビニルモノマー、ポリウレタンなどの製造プロセスでの水銀使用を削減。

とされていますから、塩化ビニル製造用の触媒としての水銀の利用も廃止に向かうと思われます。

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水俣病とアセトアルデヒド(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 水俣病の原因は水銀、それも有機水銀と呼ばれたメチル水銀が体内に取り込まれたことによる重金属中毒である、ということは良く知られていると思います。メチル水銀を放出したのはチッソの水俣工場だった、これも良く知られているのではないでしょうか。

 では、チッソ水俣工場では何を作っていたのか。正確にはチッソ水俣工場のどのプロセス、何を造るプラントからメチル水銀が流出したのでしょうか。ここまで来ると知っている、という人は少ないと思います。

 答えは「アセトアルデヒド」。アセトアルデヒドを造っているプラントからメチル水銀が流れ出たのです。(まあ、化学に詳しくないひとは「アセトアルデヒド」とは何ですか、となるだけでしょうが...。)

 さて、今回のお題。このアセトアルデヒドは今、どのように作られているのでしょうか。他のアセトアルデヒド製造プラントから再びメチル水銀が流出し、新たな水俣病を起こす可能性はないのでしょうか。

 まず確認しましょう。アセトアルデヒドは炭素、酸素、水素からなる有機化合物であって、水銀を含んではいません。アセトアルデヒドは当時、アセチレンと水を反応させて作られていましたから、原料物質にも水銀は含まれていません。

 当時のアセトアルデヒド製造プラントでは水銀は触媒として利用されていました。触媒は「自身は変化することなく、反応を加速させるもの」なので、本来はプラントから排出する必要はありません。水銀は安価な物質ではありませんから、廃液から水銀を回収した方が有利なはずなのですが...。

 実際に、水俣病が発生した当時、水銀を触媒として利用していたアルデヒド製造プラントは日本国内にも6基以上あったそうですが、メチル水銀が流出して水俣病が起こったケースは2件だけです。なぜ、こんな事が起こるのか、についてはこのページで紹介した書籍「水俣病の科学(西村 肇, 岡本 達明 著 日本評論社)」に詳細な考察が述べられていますので参照してください。

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「公害の輸出」と「水俣条約」(江頭教授)

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 以前、こちらの記事で「公害の輸出」と呼ばれる現象、グローバル化した世界では環境規制の緩い国に化学工場が集まって公害の原因物質を出し続けること、を説明しました。グローバル化した世界では、規制の緩いところに問題が集中する。これは一般的な傾向で、化学工場の廃棄物による環境汚染もその例に漏れない、ということです。

 この「公害の輸出」を防ぐためには世界で一斉に規制を行うことが必要ですが、「世界政府」が存在しない現在の世界では、法的規制は多国間での条約締結という形をとるになります。

 その具体例として思い浮かぶのは「水俣条約」でしょう。

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「45°の線に乗る」という表現(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 ここのところ、主に実験の現場でグラフ用紙に手書きでプロットすることのメリットについて説明してきた(こちらとか、こちらとか)のですが、今回の話はメリットと言えるかどうか。表題のとおり「45°の線に乗る」という表現についてです。

 私のように普通にグラフ用紙をつかっていた(何故かって?昔はPCとか無かったのですよ!)世代は普通に

だから、○○の実測値を横軸、縦軸を計算値でプロットしたとき「45°の線に乗る」かどうかでしょ!

というような物言いをしがちです。はてこれは今の人に通じるのでしょうか。

「45℃の線」ってなんですか?

なんて返されても文句は言えない。Googleで検索しても「45℃の線」はでてこないと思います。(「45°」じゃなくて「45℃」ならなおさら。)

 さてこの表現は、一つの物理量の予測値と実測値のように、本来等しくなると期待されるもの、が本当に等しくなっているか、を確認するような場合、両者を縦軸Xと横軸Yにプロットしたグラフで

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の関係が成立しているかを確認するという作業についてです。グラフ上のY=Xを表す直線を指して「45°の線」と呼んでいるのですが、この呼び名は縦軸Xと横軸Yが同じスケールになる場合にだけ当てはまるものですね。

 グラフを書くために「グラフ用紙」を使っていたころは、一般的な市販のグラフ用紙は縦方向も横方向も同じ間隔の目盛りが入っているので、Y=Xを表す直線の傾きは45°、つまり「45°の線」になるわけですね。

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実験データをとる順番はどう選ぶのか(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 昨日の記事では実験中には手書きのグラフを書くことをお勧めしたのですが、今回は実験データをとる順番についてのお話。もっとも前回の記事であつかった「反応速度の測定」の実験ではデータをとる順番について議論する余地はありません。だって、時間変化を追跡してデータをとるのですから、順番も何もありません。時間の進むとおりにデータをとるだけですよね。

 同じ「染料が漂白剤で脱色される反応の速度を測る」という実験でも、漂白剤の濃度を変えるとどんな変化があるのか、を調べる実験を行うとすればどんな順番でデータを取るのかが問題になります。いや、問題というより選択肢ができるというべきですかね。

 さて、この場合どうやってデータを取るのが良いでしょうか。

 まず思い付くのは「漂白剤の濃度の低い側から順番にデータを取る」というやりかたでしょう。

 普通に考えて漂白剤が濃い方が脱色する反応は早くなるはず。ならば「薄い漂白剤に濃い漂白剤が混ざる」と影響が大きいのですが「濃い漂白剤に薄い漂白剤が混ざる」場合には影響は少ないはずです。漂白剤の濃度の低い側、つまり薄い漂白剤を使った実験からスタートしておけば、もし実験で漂白剤の混入が起こったとしても、その影響は少ないはず。これならきれいなデータが取れるでしょう。

 と、まあ、理屈はその通りなのですが、はて、それで良いのでしょうか?

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実験中には手書きのグラフを書くのがお勧めです(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 本学工学部応用化学科の1年生のカリキュラムにはもちろん、学生実験があります。名称は「工学基礎実験(C)」。最後に(C)とあるのは化学系の実験だから。以前はセメスター制だったので夏学期の「工学基礎実験(C)Ⅰ」と冬学期の「工学基礎実験(C)Ⅱ」を実施していましたが、新しいカリキュラムからはクォーター制になったので「工学基礎実験(C)Ⅰ-A」「工学基礎実験(C)Ⅰ-B」「工学基礎実験(C)Ⅱ-A」「工学基礎実験(C)Ⅱ-B」の四つで実施しています。

 私もこの実験の「工学基礎実験(C)Ⅱ-A」「工学基礎実験(C)Ⅱ-B」を担当しているのですが、ついこないだ(第4クォーターなので「工学基礎実験(C)Ⅱ-B」です)担当した実験は色素の漂白剤による分解反応の反応速度を求める、というもの。色素なので濃度の測定は吸光光度計で比較的簡単にリアルタイムで観測が可能です。

 色素と漂白剤を混ぜて色が薄くなっていく様子を吸光光度計で測る、という実験なので色素の濃度変化、つまり吸光度の時間変化が分光光度計から出力されます。このとき、学生さん達にやってもらったのが「実験データをグラフ用紙に手書きする」ということでした。

いや、21世紀も四半世紀が終わろうとしているこのご時世に手書きなんて。そもそもグラフ用紙なんて誰も持っていませんよ。

そう言われるのもしかたないことかも。しかし、この「実験データをグラフ用紙に手書きする」ということには明白なメリットがあるのです。

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核融合の現在(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 昨日のこのブログでは、工学部応用化学科の1年生諸君の「核融合」への熱い想いに刺激されて昔に書いた核融合についての記事を再録しました。そこでは国際協力による核融合実験炉 ITER(イーター) のWEBサイトを紹介して、その中からこんな引用をしています。

「ITER」は、国際熱核融合実験炉が語源で、イーターと読みます。 ITER計画は、平和目的の核融合エネルギーが科学技術的に成立することを実証する為に、人類初の核融合実験炉を実現しようとする超大型国際プロジェクトです。ラテン語で道や旅という意味を持つ「ITER」には、核融合実用化への道・地球のための国際協力への道という願いが込められています。

ITER計画は、2025年の運転開始を目指し(2016年6月ITER理事会で決定)、日本・欧州連合(EU)・ロシア・米国・韓国・中国・インドの7極により進められています。

いや、前半は良いのですが……。なんと「2025年の運転開始」とあります。今年は、もう2025年。そろそろ核融合炉が稼働するのでしょうか。ワクワク。いや、それにしても世間は盛り上がっていないけど、どうして?

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ITER建設サイト外観写真(ITER国内機関のWEBサイトより)

 

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