解説

太陽はどれくらいのエネルギーを放出しているのか?(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 地球に降り注ぐ太陽光のエネルギーは莫大で、その一部を利用するだけで人類が必要とする全てのエネルギーがまかなえる、という話はよく聞きます。では視点を変えて、太陽自体はどのくらいのエネルギーを放出しているのか、その中のどの程度のエネルギーが地球に届くのか、それが今回のお題です。

 さて、この数字の求め方ですが、まずは太陽定数からスタートしましょう。太陽定数はこちらの記事で説明したとおり、「地球の外、地球の軌道上でみた太陽からの光のエネルギーの密度」の事で、その値は1367 W/m2 となるそうです。

 もう一つ必要な数字は太陽と地球の距離。これは149 597 870 700 m、約1.5×1011 m、つまり千五百億メートルです。正に天文学的な距離。それもそのはずでこれは「1天文単位=1au」という距離の単位として定義されているくらいです。

 さて、この2つの数字から太陽が発するエネルギーを計算することができます。

 まずは太陽と地球の距離を半径とする大きくて中空の球が太陽を囲んでいると考えてみましょう。太陽がこの巨大な球の中心に位置していれば球の内部はどの面でも同じエネルギーを受けていると考えられます。そのエネルギー密度、実は太陽定数のことですよね。

 巨大中空球の面積は 4×3.14×(1.5×10112 = 2.8×1023 m2 という計算になります。これに太陽定数をかけると

 2.8 ×1023 × 1367 = 3.8×1026

3.8×1026 W となります。うーん、数字が大きすぎてどう表現して良いかわかりませんね。化学の人間ならアボガドロ数の約600倍とでも言えば良いのでしょうか。

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西暦2070年は令和52年だろうか(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 日本の少子化とそれに伴う人口減少についての議論の元になる人口の予測については国立社会保障・人口問題研究所が公開している「将来推計人口・世帯数」が議論のベースとなる資料だと言えるでしょう。人口やその年齢構成をは比較的予測がし易い統計数値です。今年10歳の人は10年後には20歳になっている、という例外のない法則があるわけで死亡と誕生以外に間違いが入る余地がない。誕生についての出生率の見積による誤差はありますが、逆に言えばそれくらいしか外れる余地がない訳です。

 では早速「日本の将来推計人口(令和5年推計) 」という資料で令和3(2021)年~令和52(2070)年の人口推移の予測をみてみましょう。

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まず、予測がし易いなどと言ってもやはり未来のことは不確かで、推計値は「出生高位」「中位」「低位」の三つの仮定に基づいて計算されています。2070年の日本の総人口は出生が高位の予測では9550万人、中位の予測では8700万人、低位では8000万人と予測されています(いずれも死亡は中位の推定)。2020年の人口が1億2600万人ですから約3000万人から4600万人の人口減少が起こるという予想。「大変だ!何てこった、これじゃあ日本は人口ゼロの国になってしまうじゃないか!」

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2005年のCO2排出量

| 投稿者: tut_staff

 昨日の記事では現在(とってもデータ取りまとめの都合で2020年時点での)世界での二酸化炭素排出量についてみました。

 中国や日本、ドイツなど先進国でも一人当たりの年間CO2排出量が少ない国(7トン程度)に対して、アメリカは(一人当たりで)2倍弱の13トン程度。それでもアメリカの人口が中国よりも少ないため国全体としての排出量の第1位は中国である。

とまあ、こんな風にまとめることができると思います。中国が先進国であり、ドイツや日本などと同じ程度の一人当たりのCO2排出量の国、というのが私にとっては「よくぞここまで」と感動できるポイントです。

 このブログを読んでいるあなたがもし高校生なら「一体どこに感動の要素があるのやら」ということになるでしょう。そこで今回は皆さんが生まれたころ、18年前の2005年の二酸化炭素排出量のデータに目を向けてみたいと思います。

 下図がそのデータ。私が以前から行っている環境関係の授業の古い資料に残っていました。

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出典) EDMC/エネルギー・経済統計要覧2008年版
全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)より

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とうとうこんな時代になりました(江頭教授)

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 以前の記事で紹介したとても便利なサイト「全国地球温暖化防止活動推進センター」JCCCAの、特に「すぐ使える図表集」のコーナーでには温暖化に関する情報を見やすくまとめた情報が盛りだくさんです。その中の一つ「世界の二酸化炭素排出量に占める主要国の排出割合と各国の一人当たりの排出量の比較」が以下の図。私はこの図を「サステイナブル環境化学」の授業のなかで使っているのですが、毎年データが更新されるので今年も最新版を取得したのです。

 一言断っておくと、この図表は2023年度のものですがデータは2020年と少しタイムラグがあります。(データの整理が一瞬でできるわけではありませんからね。)

 さて、図をみると排出割合が一番大きいのは中国。二番目がアメリカとなっていてこれは最近の変わらない傾向です。中国の排出量はアメリカの2倍以上。とはいえ中国は人口も多い国ですからひとりあたりはそんなに多く…って、いや、結構出してますよね。

 

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出典) EDMC/エネルギー・経済統計要覧2023年版
全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)より

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「環境問題が人間活動の結果である」と考えられるのは何故か(江頭教授)

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 前回の記事では「環境が悪いのが環境問題」ではなくて「環境が(自然の変動の幅を超えて)変化することが環境問題なのだ、ということを述べました。今回はこの考えを前提に、なぜ「環境問題が人間活動の結果である」と考えられるのかを説明したいと思います。

 まず単純な言葉の定義の問題として「自然の変動の幅を超えて変化する」ことを環境問題だと定義すると「自然を」「超えて」という段階ですでに自然が原因ではないことになってしまう。自然と対立するのは人間の活動なのだから、この定義だけで「環境問題が人間活動の結果である」ということになってしまいます。いや、これはもう少し正確に考えないと。

 前回の記事では、環境問題が問題であるのは「どんな場所でもその環境に応じた生態系が存在し、そこで生業を営む人々が」居て、その場所の環境が「その人々にとっては日常の一部」である。そして「それが変化して日常が奪われることこそが問題である。」と述べました。つまり、自然の起こった現象でも、人間の活動に由来する現象であっても、こちらの定義なら「そこで暮らす人々の日常を奪うほどの環境の変化」が起これば環境問題だ、ということになります。

 そして今回主張したいのは「そこで暮らす人々の日常を奪うほどの環境の変化」を起こす原因はほとんどは人間の活動だろう、ということ。その理由は以下の図をみて頂ければ明らかではないでしょうか。

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「環境が悪いのが環境問題ではない」という話(江頭教授)

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 新学期がはじまって私はまた「サステイナブル環境化学」の授業を始めました。いつもこの授業では「環境問題」とは何か、についての説明をしています。

 まず環境にもいろいろありまして、「家庭環境」とか「投資環境」とかね。でもそれは「サステイナブル環境化学」であつかう環境ではない、などと言う話を枕にして最初に強調するのが表題の「環境が悪いのが環境問題ではない」とうことです。

 例えば日本は夏は暑くて冬は寒い国です。暑い夏も寒い冬も環境が良いとは言えません。でもそれだけなら別に環境問題と言うことはないでしょう。問題なのは夏がどんどん暑くなる、とか冬が余り寒くならない、という変化が起こる場合です。

 世界い目を転じれば凍てつくツンドラや乾ききった沙漠など、劣悪な環境条件の場所はいくらもあるのです。でもそれが自然の状態であるならば、必ずそこにはその環境に応じた生態系が存在し、そこで生業を営む人々があるはずです。部外者の目には劣悪に見える環境もその人々にとっては日常の一部。それが変化して日常が奪われることこそが問題である。環境問題の「問題」はそう言う部分なのです。

 

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ガラス器具洗いと皿洗い(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 工学部の応用化学科に新入生が入って学生実験を始めたばかりのことです。

「あのー、ガラス器具を洗ったのですが布巾はどこですか?」
「えっ?布巾って、何で?」
「だって、残った水を拭かないと跡がつくじゃないですか。」

そうか、化学の実験でのガラス器具の洗浄方法は食器の洗い方とは違うのですが、一般の人(それに入学したばかりの学生さん)には知られていないですよね。

 ガラス器具はブラシで洗う、必要なら洗剤を使う、本当にしつこい汚れがついた場合には特殊な洗浄方法もありますが、この辺は食器洗いと同じでしょう。ガラス器具には気づかないうちにひびが入っている可能性があるので、手で洗わないこと、という注意を受けますが、本当は食器洗いでも同じですよね。

 違いはその後。ガラス器具は純水(イオン交換水など)で流して自然乾燥、あるいは乾燥器(低温のオーブンのようなものです)に入れて乾かします。最初の話のように、残った水は拭き取らずに乾燥させてしまうのです。

 ポイントは「純水で流す」という部分です。純水と普通の水道水には大きな違いがあります。下の写真は片方が水道水、もう一方が純水です。

Photo

一見、まったく違いが分かりませんが、これを放置して乾燥させると違いが分かります。

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測定精度は何桁まで達成できるか(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 学生さんの「化学の長い歴史を考えれば100桁精度の実験も可能になっているべきだ」という言葉(愚痴?)に触発されて以前に書いた、「化学実験で測定精度は何桁必要か」という記事。ここでは宇宙の全重量に対する水素原子1個分の誤差でさえも87桁で表現できる。つまり化学実験で「100桁」とうのはどう考えてもオーバースペックだ、ということを示しました。

 今回はその第2弾。前回は羽目を外しすぎのきらいがあったので、少し真面目に「実験精度はどのくらいの桁数が達成できるのだろうか」という問題について考えてみましょう。

 いろいろな測定例があるでしょうが、比較的多くの人が感心を持ち、複数のグループが測定精度の限界に挑んでいる、といえば物理や化学で使われる定数の測定ではないでしょうか。

 米国のNIST ( National Institute of Standards and Technology ) のWebサイトにある The NIST reference on Constants, Units & Uncertainty のページにはこの様な定数の測定結果がまとめられています。

 たとえばアボガドロ数の値は

6.02214076 x 1023 mol-1

です。その精度は...100桁?いえいえ、なんと無限なのです!

 少し説明が必要ですね。従来アボガドロ数は「12C 12g(SIなら0.012kg)の中に含まれる原子の数」と定義されていました。この定義をよく見ると「12g」という精度無限の定数が入っていますよね。

 だったら、この「12g」の代わりにアボガドロ数の方を精度無限の定数として定義することができるでしょう。その結果「12g」の方は定数では無くなるので測定が必要になります。でも測定の精度が向上するたびにアボガドロ数が変わる、というよりは「アボガドロ数個の12C の質量」が変わる方がましだろう。ということでアボガドロ数の定義が変更されて正確に6.02214076 x 1023 mol-1 となっているのです。

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リバウンドした世界のCO2排出量のその後(江頭教授)

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 昨年のいまごろ、こちらの記事で「リバウンドする世界のCO2排出量」と題してCovid-19のパンデミックの影響で一旦は減少に転じた世界のエネルギー由来のCO2排出量が2021年には増加、というか急激な増加=リバウンドするという予想を紹介しました。

 昨年の今頃なので日本の温室効果ガス排出量は2020年度のデータがまとまったところ。各国がまとめた温室効果ガス排出量を集計しているUNFCCCの公式のデータは2019年までしかありませんでした。これに対してエネルギーに関する国際機関のIEA ( International Energy Agency ) は電力の需給やマーケットデータを利用した推計値を発表しています。ただし推計するのはエネルギー由来の温室効果ガスのみ。でも人間活動由来の温室効果ガスのほとんどはエネルギー由来の二酸化炭素なのですから、これでも充分な推計だと思います。

 さて、リバウンドした世界のCO2排出量、1年経って今はどうなっているのでしょうか。いや、「今」というのは正しくないですね。推計値でもリアルタイムではないので「去年」にはどうなっていたのでしょうか。

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出典:IEA ( International Energy Agency )

”CO2 Emissions in 2022”

この資料はIEAのWEBサイトから無料でダウンロードできます。

結果は0.9%増で「微増」といったところでしょうか。2022年、世界にはいろいろなことがあったのですが「懸念されるほどには増えなかった(lower than feared)」というのがIEAの評価です。

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化学実験で測定精度は何桁必要か(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 化学の分野で定量的な(数値を出す)学生実験を始めて体験すると、多くの学生さんが意外と精度が低いことに驚きます。以下の学生さんの感想もその一つ。

化学という学問の長い歴史を考えれば100桁位の測定精度の実験ができていて当然ではないか

うーん、頑張って実験した割に精度が低いとなると不満の一つも言いたくなるのでしょう。それにしても100桁とは大胆な。それなら、精度を高める難しさについてはさておいて、そんな精度が必要なのか、について少し考えてみましょう。

 「化学実験で測定精度は何桁必要か」という問について普通に考えると「ケースバイケースです。」で終わってしまうのですが100桁という心意気に敬意を表してこちらも大風呂敷を広げてみましょう。

 想像しうる限り最大の精度が求められる実験ですから、扱う物質量は「宇宙の全質量」がふさわしいですよね。精度も極限を追求しましょう。水素原子1個まで正確に量ることにします。

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