リサイクルが必ずしも良いとは限らない(江頭教授)
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日本には鯨を食用にする、という文化がありますが、これは海外の人からは奇異に見られることもあるようです。
日本人は悪魔か!肉を食べたいなら家畜で我慢しろ!!
という向きもあるようですが、これは日本の伝統文化なのでしょうがない。それに捕まえた鯨は単に食用にするだけではなく、その体のいろいろな部分を利用していました。ヒゲ鯨の「鯨髭」などはプラスチックのない時代には便利な材料だったのだろうと想像できますよね。逆に言えばプラスチックのある現代において捕鯨を正当化する理由にはなりにくいでしょうか。
現在、そして将来についてはともかく、伝統的な捕鯨では鯨は有効利用されていたというのは事実なのでしょう。では、家畜の体、それも肉以外の部分の利用はどうなっているのでしょうか?
たとえば牛の場合。いわゆる肉を採取した後も内臓が「ホルモン」として食用に供されています。また革製品の材料になったり、油を収集して再利用したり。それなりの量が安定して供給されるわけですからいろいろな利用方法が確立されているのですね。とはいえ、そのように利用可能な部分を取り除いてゆくと、どうしても利用出来ない部分がのこります。
その残渣をどうするのか。もともとは牛のからだの構成物なのですから、再度牛の体に戻してやる、つまりリサイクルする、という発想は……自然じゃないかもしれませんが、合理的ではあるでしょう。牛の体の残渣を砕いて子牛に食べさせるのですね。
「さあ、可愛い子牛ちゃんたち、栄養たっぷりのごはんですよ。」
「わーい、おいしいなあ。」
「それはよかった、これは君たちのお母さんなんだよ。」
「わーい、お母さん大好き!」
悪魔か!














