解説

核融合の現在(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 昨日のこのブログでは、工学部応用化学科の1年生諸君の「核融合」への熱い想いに刺激されて昔に書いた核融合についての記事を再録しました。そこでは国際協力による核融合実験炉 ITER(イーター) のWEBサイトを紹介して、その中からこんな引用をしています。

「ITER」は、国際熱核融合実験炉が語源で、イーターと読みます。 ITER計画は、平和目的の核融合エネルギーが科学技術的に成立することを実証する為に、人類初の核融合実験炉を実現しようとする超大型国際プロジェクトです。ラテン語で道や旅という意味を持つ「ITER」には、核融合実用化への道・地球のための国際協力への道という願いが込められています。

ITER計画は、2025年の運転開始を目指し(2016年6月ITER理事会で決定)、日本・欧州連合(EU)・ロシア・米国・韓国・中国・インドの7極により進められています。

いや、前半は良いのですが……。なんと「2025年の運転開始」とあります。今年は、もう2025年。そろそろ核融合炉が稼働するのでしょうか。ワクワク。いや、それにしても世間は盛り上がっていないけど、どうして?

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ITER建設サイト外観写真(ITER国内機関のWEBサイトより)

 

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映画「不都合な真実」(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 「不都合な真実」はアメリカのクリントン政権時の副大統領、アル ゴア氏の地球温暖化に対するキャンペーンを中心としたドキュメンタリー映画です。講演で観客に語りかけるゴア氏の姿、世界各地で起きている温暖化の影響についての印象的な映像、ゴア氏の個人的な回想を織り交ぜて地球温暖化の危機を理解させ、対応を促す内容となっています。

 ゴア氏が副大統領を務めた期間は1993年から2001年まで。京都議定書の採択が1997年ですから、彼の任期中に地球温暖化問題へ関心が高まった事がわかります。実のところ、ゴア氏は地球温暖化問題へ関心を高めた立役者の一人であり、2007年にはその功績でIPCCとともにノーベル平和賞を受賞しています。

 この映画でのゴア氏の温暖化問題についての説明は、彼が学生時代に教授から見せられた大気中の二酸化炭素濃度の上昇についてのグラフから始まっています。現在では広く認められている人為的な温室効果ガス(主に二酸化炭素)の排出による地球環境の変動、温暖化ですが、当時は懐疑的な人も多くいました。その状況でこのデータを最初に示している点、「わかっているな」と感じます。二酸化炭素の放出から温暖化まで、その因果関係にはいくつものステップがあり、確実性の高いものと低いものがあります。その中で地球の大気中の二酸化炭素が増えている、という事実は特に確実性の高いものです。

 映画という媒体の特性でしょうか、やや映像で煽るような場面もありますが、それでも落ち着いたトーンで分かり易く温暖化のメカニズムとその影響について説明した内容は2006年の公開から20年ちかく経過した今でも充分通用する内容だと思います。

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世界が良くなっている事を示す すごい 映像(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 本学工学部が課題として提示している「サステイナブル工学」ですが、わざわざ「サステイナブル」と名乗っているのは、いままでの工学が作り上げた産業社会が「サステイナブルではない」という欠点を持っている、だから新たに「サステイナブル」な産業社会を目指そう、という意図を反映してのことです。

 この一面では現在の産業社会に対して批判的な目を向けているのですが、もちろん今の産業社会にはポジティブな面、良いところもたくさんあります。今回は、そのなかでも最も重要な側面、産業革命の波及によって人々が裕福になり、長寿になった、ということを印象的に示してくれる映像を紹介したいと思います。

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産業革命と幼児死亡率と「子鹿物語」(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 お正月早々に三題噺の様なタイトルですが、別にオモシロおかしい話をしようというわけではありません。今回の記事は、先日紹介した映画「子鹿物語」について、もう少し言い足しておきたいことがあって書くことにしたのです。

 さて、まずは産業革命について。産業革命にはいろいろな側面があるのですが、私なりの理解では「科学の知識を体系的に応用することによる技術革新(つまりは工学)が社会の一部に組み込まれ、生産力が爆発的に拡大した現象」といったところでしょうか。ついでに、この生産力の爆発的な拡大はいまも継続していて、ついに地球の許容量の限界に達しつつある。それが人類文明存続の危機の原因であり、その危機の克服こそがサステイナブル工学の役割なのだ、と付け加えさせて頂きましょう。

 なるほど、産業革命が危機の原因であるならば、敢えて産業革命の成果を破棄し、それ以前の世界に戻るという選択肢はないのでしょうか?

いいえ、絶対にあり得ません。

それが私の答えです。

 以下の図はハンス・ロスリング博士の著書「FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣(日経BP 2019)」からの引用ですが、「産業革命以前の世界」がいかなるものであったかを端的に示しています。当時、世界の人口は低いレベルで安定していて、確かに「自然と調和」していました。しかし、そこで暮らす人々の生活は貧しいものであり、その何よりの証拠は幼児死亡率の高さなのです。その時代に生を受けた赤ん坊はほとんどの場合「自然と調和しながら死んでいった」のです。成長し、世代をつないでゆくことができたのは運の良い一部の赤ん坊だけだったのです。

 このロスリング博士の著作では「幼児死亡率」が社会の貧しさ、豊かさの指標として用いられていました。下の図は産業革命以降の(そしてサステイナブル社会へつづく)一連の変化は確かに自然との調和を乱すものではありますが、「自然と調和しながら死んでいった」社会を脱して真の意味で「自然と調和した」社会、つまり「自然と調和しながら暮らせるようになった」社会(これをサステイナブル社会と呼んでも良いでしょう)の実現のためには必要なステップだったことを示しているのですね。

 さて、最後に「子鹿物語」について。

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アレニウスプロットと活性化エネルギー(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 化学反応は一般に温度が高いほど早くなる。では、具体的には温度が何度上がると何倍になるのでしょうか?こんな疑問をもった昔の化学者の研究成果は一つの式となってまとめられ、現在でもその名前が残っています。それが「アレニウスの式」。具体的には以下の様な式です。

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式中のR、Tはそれぞれガス定数と絶対温度。Aは定数で、Eは活性化エネルギーと呼ばれています。左辺は反応速度の濃度依存性を除いた反応速度定数で、濃度一定の時の反応速度を比べた、とみても良いでしょう。

 温度 T が大きくなると (E/RT) は小さくなる。マイナスの符号がついた (-E/RT) は逆に大きくなるので exp(-E/RT) も大きくなる。この式は温度の上昇にともなって反応速度が速くなることを反映しています。

 この式の形、なんともややこしいのですが、これが実験に合うのだから仕方がないですね。我々の方が式を分かりやすく示す方法を探すべきだ、ということで反応速度のデータ整理ではこのアレニウスの式を念頭にアレニウスプロットというグラフが書かれます。

 アレニウスの式の両辺の対数をとると

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となります。したがって「1/T」をx軸に「反応速度定数の対数」をy軸にとったグラフをつくるとアレニウスの式に従うデータは傾きが E/R の直線になります。

 実際には温度を変えて反応速度を測定する実験を行い、得られた反応速度定数の対数をプロットする。まず直線になるかどうかでアレニウスの式に従うかどうかを判断。OKなら傾きから活性化エネルギーを求める、といった具合です。

 さて、ここでは「反応速度定数の対数をプロット」と軽く書きました。PC等が使える様になった現在では本当に簡単な作業なのですが、PCどころか電卓すらない時代にはどうしていたのでしょうか。対数表を読んで変換していた?いえいえ、「対数をプロット」するための特別なグラフ用紙を使っていたのです。

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少子化と「人口論」(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 このところマルサスの「人口論」についての記事(こちらとかこちら)を書いているのですが、今回は「人口論」を現在の日本の状況と比べてみましょう。

 良く知られている通り、日本の人口は第二次大戦後から増加を続けていたのですが2008年以降減少に転じています。戦後の人口増加は「人口論」でよく説明できるのですが、問題は最近の人口減少をどのように説明するか、です。

「生活物資は等差級数的にしか増加しない。」

から、人口の成長は抑えられる、というのが「人口論」の説明です。ここで「生活物資」は具体的には食糧、あるいは農業生産物の事なのですが、まずこれは現在の日本では妥当ではない。確かに日本の食糧自給率はカロリーベースで38%と低い値ですが、これは残りの62%の食糧を海外から輸入することができている、ということでもあります。

 ではなぜ人口が減っているのでしょうか。

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日本の人口の推移(総務省「情報通信白書」より)

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「人口論」と「成長の限界」(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 昨日の記事ではマルサスの「人口論」について紹介しました。「人口増加は幾何級数的」であるから、食糧生産の限界によって必然的に飢餓をもたらす、という内容は、実は1972年出版の「成長の限界」とよく似た部分があると思います。と言うか「人口論」は「成長の限界」よりずっと以前に書かれているので「成長の限界」が「人口論」を前提としているのですね。

 両者に共通するのは「幾何級数的」あるいは同じ事ですが「指数関数的」な成長の特徴、というか恐ろしさでしょう。「人口論」では人口が単体で議論されますが、「成長の限界」では人口に工業生産を含めた文明の規模が対象となっています。いずれも「幾何級数的」「指数関数的」に成長する特性を持っていて、早晩限界に到達する。野放図に成長がつづけば、それが限界に達したとき、悲劇的な形、具体的には多くの人の死、という形で成長が抑えられることになる。この議論はどちらの書物にも共通しています。

 では「成長の限界」はどこが新しかったのでしょうか?

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国連食糧計画(WFP)が作成したハンガーマップ・ライブではリアルタイムで世界90カ国以上の食料不安の状況をモニターしているそうです。世界では約8億人の人々が飢餓に苦しんでいます。

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圧力と気体の伝熱(江頭教授)

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 「魔法瓶」は真空を利用した断熱性の高い保温用の瓶のことです。(「魔法」っていうのはどうかと思いますがね。) 熱は分子の運動だから、熱が伝わるには分子、つまり物質が必要なはず。真空なら熱は伝わらない、という発想の産物ですね。

 さて、真空では熱が伝わらない、ということを前提として、「気体の熱の伝わりやすさ」つまり熱伝導度と圧力の関係はどうなっている、と思いますか?

気圧0の真空では熱伝導度も0になる、ということは熱伝導度は圧力に比例するんだ!

と、その通りであればこんな記事は書かないですよね。期待に反して気体の熱伝導度は圧力にほとんど依存しないのです。

 以前、気体の熱伝導について紹介したのですが、そこで熱の伝わりやすさに関係する三つの要素を挙げました。

 一つは分子の速度。もう一つは分子の熱容量、そして分子が衝突しないで直進できる距離(これを自由行程と呼びます)です。

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蒸留の限界(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 昨日の記事では分離技術の一つである「蒸留」の起源として蒸留酒についてふれました。発酵させてつくられたお酒を蒸留すればアルコール濃度の高い蒸留酒をつくることができる。なるほど、だとしたらもう一回蒸留を行えばより強い(アルコール濃度の高い)お酒をつくることができるのでは……。

 そう考えた人がいたらしく非常にアルコール濃度の高い蒸留酒が存在しています。スピリタスというウォッカの一種がそれで何と95%がエタノールだといいます。いや、凄いなあ。

 でも100%じゃないんだ。ならもっと蒸留を繰りかえしてスピリタスを超える蒸留酒を、と思った人がいるかどうかは分かりませんが、実は95%以上の蒸留酒を造ることはできません。蒸留酒のアルコール濃度には限界があるのです。

 なぜ限界があるのか。蒸留の原理に立ち返って考えてみましょう。「混合溶液を加熱した際、蒸発しやすい成分の方がたくさん蒸気になるので、その蒸気を集めて凝縮させれば蒸発しやすい成分を濃縮できる。」これがその原理ですが、では水とアルコール、おっと、水とエタノールの場合、そもそもなんでエタノールの方が蒸発しやすいのでしょうか?

 一般的には小さくて軽い(分子量の小さい)分子の方が大きくて重い分子より蒸発しやすい。だとしたらエタノール分子よりずっと小さい水分子はすごく蒸発しやすいはずなのですが……。分子量のわりには水の沸点が高く、蒸発しにくい。その理由は水素結合があるからだ、もしあなたが高校で化学を学んでいればその様に教わっているかと思います。

 水分子には水素と酸素の結合が1分子に二つずつあるので液体の水の中には強力な水素結合のネットワークが作られています。そのなかにぽつんとエタノール分子があるとしましょう。一つは水素と酸素の結合があるので液体中に留まることができますが、まあ、他の水分子からみれば「こいつ仲間じゃないぞ」となってはじき出されやすいのでしょう。水よりエタノールの方が蒸気となって飛び出しやすい訳ですね。

 では、逆に液体のエタノールの中にぽつんと一個の水分子がある場合はどうなるのでしょうか。

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蒸留は最古の分離技術(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 私(江頭)の専門は「化学工学」なので、そのものズバリ「化学工学」という授業を受け持っています。後期はちょうどその「化学工学」の開講期間で、いまは「分離技術」それも「蒸留」について説明したところです。

 「化学工学」はそもそも「化学プラント設計学」でもあるので化学工場に設置される装置をどう設計するのか、が授業の大きな割合を占めています。もちろん、化学工場にはいろいろな装置があって、いろいろな役割を持っているのですが、その中で「蒸留」は比較的多くの人に知られているのではないかと思います。

 もちろん「高校の化学の授業にでてきます」という事情もあると思いますが、やはり我々の身近に「蒸留」とついた言葉がある、ということが大きいと思います。その言葉、皆さんは思いつくでしょうか?

 皆さんがもし高校生なら少し縁遠いことばで、化学の授業の方が身近かも、などと思いますが……。

 いや、もったいぶるのは止めましょう。ズバリ「蒸留酒」のことです。

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