解説

経済成長に限界はあるのか(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 今回も慶應義塾大学大学院の小幡 績准教授の「ついに「日本が独り勝ちする時代」がやってきた」という東洋経済オンラインの記事に関連した内容ですが、少し視点を変えて小幡氏がその到来を予見している「膨張しない経済」について考えてみたいと思います。

 まず最初に注意しておきたいのは、この「膨張しない」という表現はおそらく「バブルにならない」程度の意味で、完全に成長しない状態を示しているのではなさそうだ、という点です。言い換えれば「安定成長」となるでしょうか。

 とは言え「安定成長」という言葉には特別な意味づけがあって、日本の高度経済成長(1970年代半ばまで)が終わったあと、年10%を超えるような急激な経済成長は終わったけれど、それでも毎年そこそこの経済成長は起こっている、そんな状態を示す言葉です。つまり、1970年代の石油ショック以後の時代が日本の「膨張しない経済」の時代だったのでしょうか。

 実はこの「安定成長」の後に「バブル景気」がやってきます。

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工業触媒に大切なこと(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 触媒による反応の制御のついて先に説明したので、今回は触媒、特に工業的に物質生産に使用される触媒にはどんな特徴が必要なのかを紹介しましょう。

 まず「触媒は化学反応の進む速度を上げるもの」ですから、反応をより速くすすめられるものが良い触媒だ、ということになります。この反応を加速する能力の程度を「活性」と言います。触媒は活性が高いほど良い、高活性な触媒ほど良い触媒だ、といえるでしょう。

 次に、「触媒を利用して生成物を選ぶことができる」ので、目的の生成物がたくさんできるものが良い触媒です。触媒は反応速度を速くしますが、最終的な生成物の平衡には影響しない。しかし、多くの工業的に行われる反応では平衡まで反応を進めることは少なく、平衡に到達する以前の段階で反応を終了します。平衡に達する途中で生成する物質のうち、どの物質が多く生成するかは触媒に依存することになります。反応生成物のうち、目的の生成物が生じる程度を「選択性」と言います。選択性の高い触媒ほど良い触媒だ、といえるでしょう。

 三つ目の特徴は「寿命」です。

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触媒による化学反応の制御 エチレンオキサイドの合成(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 反応を制御するための工学、「反応工学」の話題として圧力による反応の制御について、前回と前々回で紹介しました。今回は触媒による反応の制御についてお話ししましょう。

 例によって「ハーバーボッシュ法」からスタートします。

 発熱反応である窒素と水素からのアンモニア合成反応はルシャトリエの法則から低温ほど有利である。しかし、あまりに低温では反応が進行しない。そこで、アンモニア合成に際して分子の数が減少することに注目し、再びルシャトリエの法則を適用すれば高圧が有利であることがわかる。圧力を上げ、さらに触媒を開発してついにアンモニアの工業的な合成が可能になった。

 さて、ハーバーボッシュ法での開発された触媒の役割は低温でも充分早い速度で平衡濃度が達成されるように反応を加速することです。ただし、触媒を加えると正反応が早くなるのと同時に逆反応の反応速度も大きくなり、平衡状態に達する時間は短くなるものの、平衡の移動は起こりません。つまり「触媒は最終的な反応の結果に影響を与えない。」ということです。

 ここで話変わってタイトルにあるエチレンオキサイドの合成について紹介します。エチレン(C2H4)と酸素(O2)を反応させるとどうなるでしょうか?エチレンの酸化、あるいは燃焼ですから、最終的にはCO2とH2Oができるはずです。ところが銀を含む触媒をつかうとエチレンと酸素からエチレンオキサイド(C2H4O)を作ることができます。エチレンオキサイドを水と反応させるとエチレングリコール(不凍液やポリマーの原料として有用な物質です)が得られるため、この反応は工業的に行われています。ここで銀の触媒というところが重要で、他の触媒ではエチレンオキサイドではなく二酸化炭素と水(それと未反応のエチレン)が生じることになります。

 さて、このエチレンの部分酸化の例と先ほどの「触媒は最終的な反応の結果に影響を与えない」という知見とは矛盾してはいないでしょうか。

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 同じ原料系から触媒を変えることで別の物質を作ることができる。触媒を利用して違う反応を起こすことができるのに「触媒は最終的な反応の結果に影響を与えない。」とはこれ如何に、です。

 

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圧力による化学反応の制御 メタネーションの場合(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 圧力による反応の制御につて、前回はハーバーボッシュ法を例にとって紹介しました。

 発熱反応である窒素と水素からのアンモニア合成反応はルシャトリエの法則から低温ほど有利である。しかし、あまりに低温では反応が進行しない。そこで、アンモニア合成に際して分子の数が減少することに注目し、再びルシャトリエの法則を適用すれば高圧が有利であることがわかる。圧力を上げ、さらに触媒を開発してついにアンモニアの工業的な合成が可能になった。

というのが一般的なハーバーボッシュ法の説明ですが、前回は

 実はほとんどの反応は温度で簡単に制御できるか、全く絶望的かのどちらかで、圧力による温度条件の緩和、という手段の対象となる反応は一部に限られる。(中略) 結局、ハーバー・ボッシュ法は、反応制御の手法としては「教科書的」とは言えない。

と結論づけました。

 今回、この結論の部分を、もう少し詳しく説明したいと思います。アンモニア合成以外の反応の一例として一酸化炭素と水素からメタン(と水)が生じる反応、メタネーションを例としましょう。

 メタネーションの反応は発熱反応であり、同時に反応によって分子数が減少する反応です。(一酸化炭素1分子と水素3分子が反応し、メタンの水の分子が一つづつ生じます。)この点では窒素と水素からのアンモニア合成と同じです。

 

 まず、アンモニア合成の時と同様、充分なメタンを生成できる条件の目安となる様な平衡定数を以下の様に計算してみました。

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圧力による化学反応の制御 ハーバー・ボッシュ法の場合(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 役に立つ化学物質を作り出す、それが応用化学科の目的ですが、それには二つの側面があります。ひとつは、どんな化学物質が役に立つのかを知ることで、簡単に言えば「材料の開発」です。

 もう一つの側面は有用な物質を実際に作り出すこと、特に大量生産することで、これが化学工学(私の専門です)の中心的な課題です。化学的に物質をつくるのですから、必要となるのが反応の制御。この分野を特別に「反応工学」と呼んだりします。

 さて、化学反応を制御する場合、一番重要な要素はなんでしょうか?タイトルを見ると圧力?いえいえ、やはり最重要の因子は温度でしょう。同じくタイトルにある「ハーバー・ボッシュ法」ですが、これは反応に対する温度条件を圧力を使って緩和した、という例として理解できると思うのです。

 化学の教科書には必ずハーバー・ボッシュ法の記述があります。窒素と水素からアンモニアを合成する場合、平衡までしか反応は進まない。ルシャトリエの法則から圧力が高い方が有利であることが分かり、後は圧力に耐える反応装置をつくるという技術的な問題の解決へと話が進むのが定番です。

 そこで、充分なアンモニアを生成できる条件の目安となる様な平衡定数を以下の様に計算してみました。

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温暖化の責任者はだれか(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 前回の記事では公害問題と環境問題の違いを説明しました。公害問題は環境問題の一部ですが加害者が分かり易いことが特徴です。そのおかげで対策も比較的に容易である。公害問題では多くの場合加害者は企業でしたから、その対策を法的に義務づければきちんと法に従って対処をとってもらうことができます。

 その一方で環境問題の中には「温暖化」に代表されるような解決の難しい問題もあります。温暖化の加害者はだれかと言えば「みんな」とか「誰もが」という非常に広範囲な対象です。端的に言って温暖化について議論できる程度の余裕のある生活水準にある人間なら多かれ少なかれ現在の産業社会の恩恵を被っているはずで、その産業社会こそが正に温暖化の原因である二酸化炭素を放出しているのですから。

 しかも二酸化炭素の放出の最大の要因は化石燃料の利用であり化石燃料は未だに世界のエネルギー供給の大部分を担っている。エネルギーの供給が如何に社会にとって重要かはロシアとウクライナの戦争による世界の混乱をみれば強く実感されるところでしょう。

 公害問題では原因企業に「止めてくれ」と言って「分かりました」で解決。その一方で温暖化問題はみんなで「止めよう!」と言っても「無理」「こちらにも事情があって…」「そもそも温暖化って本当なのか」などなど、甲論乙駁して収拾がつかないというのが現状なわけですね。

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公害と環境問題(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 「公害」という言葉は私自身にとっては非常になじみ深い言葉ですが、はて今の若い人、高校生や大学生諸君にとってはどうなのでしょうか。私が子供だった1960年代から70年代にかけては公害が大きな社会問題になっていたので、まるで今の「温暖化」の様に頻繁に新聞やテレビのニュースに登場していた印象です。今、この言葉がニュースに出てくることはほとんどなく、多くの若者はおそらく授業のなかでこの言葉を学習しているのでしょう。

 もし今、この公害と同じ様な事件が起こったとしたら、それは「環境問題」であり同時に「事故」や「事件」、あるいは「犯罪」とみなされるのではないでしょうか。少なくとも以前の様にその善悪について意見が割れて論争が起こることは想像しにくいところです。

 現在は昔の典型的な公害については法的な規制がかけられています。当時の議論が法律という形で社会に組み込まれている。つまり「公害」という問題は解決されたといえるのですね。

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環境問題と化学の大切さ(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 今回はすこし大きな話ですが「環境問題」について考えてみましょう。環境の「環」はまわりのこと、「境」はさかい、つまり境界のことですから、環境は境界を囲むものという意味ですね。たとえば「家庭環境」とか「生活環境」などといえば、その本人ではない周囲の人や物や状況全般を指すことになります。

 でもここで言う「環境問題」の「環境」は人間を取り囲む自然のことです。いえ、環境問題では人間の影響でその「自然」が「自然」ままではなくなることが問題だと言えるでしょう。

 実際、「夏が暑い」とか「冬が寒い」といって、それがたいそう困ったことだとしても「環境問題」とは呼びません。でもそれが「記録的猛暑」とか「数十年来の大雪」であって、その原因が我々人類による温室効果ガスの排出である可能性が疑われる、となれば立派に「環境問題」の仲間入りです。

 ポイントは人間活動がいわゆる「自然」に対して影響を与えている。与えるほどに人間の活動が盛んになった。人間のポテンシャルが高まった、というところにあるのでしょう。いわゆる産業革命が全世界に広がってゆくに従っていろいろな「環境問題」が起こったのです。

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パソコンとタイピングの話(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 先日の記事で自分がパソコンを使い始めた頃の話に触れたので、当時のことをいろいろ思い出してきました。今回はそんな思い出の一つとしてパソコンとタイピングのお話をしたいと思います。

 まず、私が子供の頃、まだパソコンがなかった時代のお話から。英語は基本アルファベット26文字しかありませんから機械式のタイプライターというものがパソコンの普及前からありました。でも日本語はひらがなだけで50音。カタカナもあるし、なんと言っても漢字がある。と言うわけでタイプライターというものは一般的ではありませんでした。ちょっとした文書は基本的に手書き。活字で印刷されるのは書籍か新聞・雑誌などに限られていたものです。

 従って文字は「書く」もので「打つ」ものではなかったのです。そんな中でパソコンが普及しはじめる。パソコンの入力手段であるキーボードはタイプライターを模したモノなので、多くの日本人にとってパソコンを使う、というのははじめてタイピングをする、という経験でもあったのです。

 今はタイピングは学校でも教えられている様ですが昔はそんな教育はありません。新品のパソコンの画面とキーボードに書いてある文字を見ながらなんとか文字を打つことをくり返して自然に打ち方を覚える、というのが普通でした。私の身の回りの人たちもそんな感じ。みなそれぞれ我流の打ち方で、中には左右の人差し指だけで「北斗神拳」ばりのスピードでキーボードを打つ後輩もいてSHOCKを受けたりしたものです。

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地球の周の長さは4万キロメートル (江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 地球の周囲の長さ4万キロメートル、という数字、なんかキリの良い数字ですよね。実はこれ、理由があります。

 長さの単位は昔からいろいろな方法で定義されてきました(人の歩幅など)。しかし、フランス革命当時、世界共通で統一された単位制度を決めよう、という理念のもとで総説された「メートル法」では人間によらない長さの単位として地球のサイズをその基準としたのでした。北極点から赤道までの距離を1万キロメートルと(正確には1mを北極点から赤道までの距離の1000万分の1と)定義したので、地球の周囲長は4万キロメートルになります。(厳密には赤道と直行する、つまり南極と北極を通る周の長さですね。)

 地球のサイズを基準にするというは大胆、というか荒唐無稽に見えるのですが、よく考えると「世界共通」の長さの単位を考えるというのは意外と難しい問題です。その解答として、全世界で共通しているもの、つまりたった一つの地球という星がその基準だ、というのはうなずける話です。

 現在では、長さの単位としてのメートルは、光の「速度」とセシウム原子の放射周期から定義された「時間」をつかって再定義されています。光もセシウム原子も世界共通(というか宇宙共通?)ですよね。

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